登り優先 – 岩崎元郎の山談義

自粛が解除され、登山再開がオーケーになった。東京都の新規感染者が7月2日に107人を確認、6日連続で100人超を記録、9日には224人に急増した。

そうした報道をもあってブレーキがかかり、登山自粛を継続されている方も少なからずいらっしゃる。

梅雨が明ければ夏山到来、例年であればこの夏から登山を始める新入生が、コロナ禍で一歩踏み出せないまま足ふみされているように思われる。

このチャンスに、ちょっと気になっていたことをおしゃべりしておきたい。今回は「登り優先」について。2015年3月、某誌に載せた拙文を転載させて頂く。

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「登り優先」は登山におけるルール?

永田町に常識があるように、登山界にも常識がある。

今回のテーマ「登り優先」は、登山界の常識の最たるもの、と言っていい。「登り優先」を登山のルールだと思っている人がいるが、それは誤解だ。

「登り優先」は、登山界の常識ではあるがルールではない。登山者相互の思いやりであり、気遣いなのである。

山登りは、もちろん楽しい。楽しいとは言っても、緩やかな登りならどうってことないが、ちょっと急な登りになるとしんどくなる。

息苦しさを少しでも軽減しようと思ったら、歩幅を小さくゆっくり、ゆっくりではあるがペースを崩さないようにリズミカルに登り続けて行かなければならない。

息苦しさに耐えられず足を止めてしまったりすると、次の一歩を出すときがさらに苦しくなる。

高尾山のようにメジャーな山で、登山道というより遊歩道といってもいいくらいのコースなら道幅も広いが、一般的な登山道は、余裕をもって登りと下りが行き違えるほどの道幅はない。

どちらかが道を譲るしかない道幅なのである。

頂上にむかって登っていくパーティがいる。頂上から下ってくるパーティがいる。道幅が狭くてすれ違えないから、どちらかが脇に避けて譲ってあげなくてはならない。

登ってくるパーティの足を止めないように、下りのパーティが避けるというのは自明であろう。

しかし、登ってくる側がここらで一息入れたいからと脇に避けて、下ってくるパーティに「お先にどうぞ」と道を譲る場合もある。

20人もの人数が登っているとき、1人降りてくるというケースがあったとしたら、登り優先だからといって、その1人を脇に避けさせて20人が当然のように登っていくのは、いかがなものだろう。

20人が脇に避け、下ってくる1人を速やかに通すのが気遣いではなかろうか。登り優先に限らないが、決まり事は絶対的なものではなく、ケースバイケースで対応すべきことであろう。

2月21日の土曜日、北八ヶ岳の北横岳に登るべく中央本線茅野駅に降りた。

富士山や高尾山を例に挙げるまでもなく登山者の増加は社会現象になっているから、ある程度の登山者の多さは予期していたが、雲一つない青空、快晴の土曜日とあってか、臨時バスが出るくらいに登山者やスキーヤーが繰り出していた。

中高年より若者が多いのも、最近の傾向といえる。坪庭に上がるロープウェイも順番待ち。ぎゅう詰めのロープウェイを降り、アイゼンをはいて歩き始めたのは12時半を過ぎていた。

2233mの高さまでロープウェイで上がってしまえば、山頂までは高度差247m。ガイドブックに案内されている通り、山頂直下には山小屋があるから安心。北横岳は雪山入門はじめの一歩の山として最適ということで、北横岳をめざす登山者の多くは初心者だ。

坪庭を横切り、北横岳の登りにかかる。三ッ岳との分岐の手前までは尾根上ではなく山腹を登ることになるので、登りは急になる。

上って行くパーティも多いが、朝早く登ったパーティが次々に下ってくる。ぼくらが登っていくのに、避けるそぶりもみせないで下ってくる。

ぼくの方も避けようともしないでどんどん登っていくと、目の前まできてようやく避ける。彼女の顔には、なんであたしが避けなくてはいけないの、「納得いかない」というような不満の色がうかんでいる。登り優先をご存じないらしい。

次に下ってくるパーティは登り優先をご存じとみえて数メートル先で避けてくれたのだが、声かける間もなく谷側に避けてくれた。

次々に下ってくるパーティの三分の一は登り優先をご存じなく、三分の一は谷側に避けてくれた。

ぼくが現役の頃は、山岳会が登山学校として機能していたから、山岳会に入会することで登山の基本を学ぶことができた。昨今登山をはじめた人は山岳会に入会せず、ネット情報で登山を学ぶようだ。

ネット情報にも、登り優先や、避けるときは山側に避けるという基本情報が入っていないはずないと思うのだが、言葉だけではその意味が伝わらないのだろう。

コースはきれいに踏み固められているのに、スノーシューを履いて登っている人の多いこと。ワカンを履いている人も多かった。

スノーシューやワカンは、深雪に潜らず歩くための道具であって、きれいに踏み固められたコース上では無用の長物だ。「試し履きしてるんだよ」と、解説してくれた友人がいたが、試し履きならコースをはずれ、深雪の所でまず靴だけで歩いてみる。

次にスノーシューを履いて歩いてみる、そうすればスノーシューの有効性が確認できるだろうし、それこそが試し履きだ。それで有効性が確認できたら、踏み固められたコース上でスノーシューを履くことはないだろう。

登山者の増加は喜ばしいことだが、山岳会に入会して、登山経験者から登山を学ぼうとせず、ネット情報に頼る。そんな登山者の増加が山岳遭難事故の増加を招いていることは否定のしようがない。

登山の基本をどのようにしたら伝えられるか、いま登山界のリーダーは頭を痛めているのである。

岩崎元郎(日本登山インストラクターズ協会会長/無名山塾主宰)

1945年東京生まれ。1963年昭和山岳会に入会し本格的な登山を始め、1970年に蒼山会を創立、1981年ネパール・ニルギリ南峰登山隊隊長、同年「無名山塾」を設立し登山者の育成を始める。1995年~1999年にかけてNHKテレビ「中高年の為の登山学」の講師を務め、日本百名山ブームの火付け役となる。多くの登山者と登山指導者を育てた登山指導の第一人者で、現在は「登山者と登山指導者の育成」と「安心安全登山の啓蒙活動」を進めている。著書多数。

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