毎回その道に精通した登山界のキーパーソンをお招きする「JMIA安心安全登山公開講座」、先日行われた安心安全登山の為の体力トレーニングと登高ペースに関する講座では、鹿屋体育大学教授・同スポーツトレーニング教育センター長で、日本の登山の運動生理学の第一人者である山本正嘉先生をお招きして、登山における安全な登高ペースや登山に適した体力づくりの方法をとてもわかりやすく教えていただきました。
登山は好きだけど、登りで息があがってしまいきつかったり、長い下りでは膝や腰に負担がかかり痛みが出てしまうなど、登山をする方であれば誰でも抱える悩みかと思います。
そのような悩みをかかえていると、せっかくの楽しい登山もほとんどが苦しい修行になりかねませんし、カラダにも決して良いこととは言えません。
本記事では、そのような登山に関する体力はどのようにつければよいか紹介したいと思います。
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はじめに
目次
最初に結論を言いますと、楽して登山の体力をつける魔法のような方法はありません(笑)。
でも闇雲にトレーニングしてもただつらいだけだったり、時間だけかけて実際には必要な体力が身についていないということもよくあります。
そのようなことにならないようにするは、登山に必要な体力を定量的に定義し、それをみたす方法論を理解しておくことが重要です。
体力不足に起因する登山の事故
大きく2つあります。
ひとつは転倒、転落・滑落などによるもので、もうひとつは登山中に心臓系の疾患を患ってしまう場合です。
前者の場合は脚力、バランス、柔軟性、敏捷性などの筋系や神経系の体力が足りていないことに起因します。
たとえば下りで躓いてしまい、うまくリカバリーできなかったり受け身を取れなかったりする場合などですね。
ちなみに体力というとスタミナ、持久力とイメージしがちですが、それだけではなく筋力やバランス、柔軟性・敏捷性といった要素も体力を構成するものですので、登山のためにはそれらをあわせてトレーニングする必要があります。
後者の心臓疾患は特に登りで起きるもので、実はこれは心臓系の既往歴がある人に限った話ではありません。
2013年には14人の方が登山中の心臓疾患でなくなっていますが、驚くことにむしろその全員が心臓系の既往歴がない人でした。(長野県山岳総合センター「高年登山者の傾向と対策」より)
事故の特徴としては、日帰り登山の登りに多く、しかも登り始めて3時間以内の事故が多いことがわかっています。
これは過度な負担が心臓にかかったことが原因で、あきらかに心肺系の体力が足りていないということがいえます。
これはなにも普段運動習慣のない人だけにおこることではありません。
運動習慣があったとしても、普段のトレーニング強度や時間が登山の負荷に対して足りていない、あるいは体力にみあった適正なスピードを越えたペースで登ってしまうとこのようなリスクを抱えることになります。
そしてこれは高齢者に限った話ではなく、多くの人が登山に必要な体力が不足しているか、オーバーペースに陥っていることになります。
登山はどれくらい心肺に負荷をかけているか
それでは、登山中(特に登り)において心肺にどの程度の負荷がかかるのでしょうか。
メッツ(Mets)とは
運動の強度を図る指標としてメッツがあります。これは、安静時を1とした時に、それと比較して何倍のエネルギーを消費するかで活動の強度を示したものになります。
どういった運動が何メッツに相当するかの目安は以下の通りになります。
- 1メッツ台:寝る、座る、デスク仕事
- 2メッツ台:ゆっくり歩く、立ち仕事、ヨガ・ストレッチ
- 3メッツ台:普通〜やや早く歩く、階段を下る、軽い筋トレ
- 4メッツ台:早く歩く、水中運動、ゴルフ、庭仕事
- 5メッツ台:かなり早く歩く、野球、子供と遊ぶ
- 6メッツ台:ジョギングとウォーキングを交互に、バスケ、ゆっくり泳ぐ
- 7メッツ台:ジョギング、サッカー、テニス、スケート、スキー
- 8メッツ台:ランニング(6分42秒/kmの速さ)、サイクリング(20km/hの速さ)
- 9メッツ台:荷物を上の階に運ぶ
- 10メッツ台:ランニング(6分15秒/kmの速さ)、柔道、空手、ラグビー
- 11メッツ台;早く泳ぐ、階段を駆け上がる
登山は何メッツに相当するか
軽装備・無雪期の縦走登山で、実は7メッツ相当の運動強度があります。
参考として、ハイキング程度で6メッツ、バリエーションルートになると8メッツ相当になります。さらにロッククライミングは11メッツに相当します。
そして、心臓突然死のリスクが跳ね上がるのが7メッツからなのです。
つまり、登山はジョギング相当の運動強度で、心臓負荷的には安全圏外にある運動と言えるのです。
体力に不安のある人の安全速度は?
体力が十分でない方は7メッツ以上の運動強度は心臓に負荷がかかります。
では、実際の登山(登り)でどのくらいのスピードが7メッツに相当するのでしょうか。
登りのスピードは、通常1時間あたり何m登るかで見ることが多いと思いますが、まず、駅の階段をのぼるスピード。これは、垂直方向の上昇速度が1000m/hのスピードで運動強度はなんと13メッツ(!)に相当します。
日常の階段は登っている時間としてはかなり短いので問題になりませんが、登りが長く続く登山では相当の負荷がかかるということです。
その半分のスピード、500m/hでも約8メッツあります。実際、階段をのぼるスピードとしてはかなりゆっくりなペースなのですが、それでもこの強度です。
さらに400m/hに落として約7メッツ、300m/hでようやく安全圏の6メッツの運動強度になります。階段をのぼるスピードとしては非常にゆっくりな速度です。
実際の登山者のスピードは安全圏外が多い
下記の調査結果をみると、ほとんど人が安全圏外といえる登高スピード(7メッツ=400m/h以上)で登っていることがわかります。
実際にそれに見合った体力がある人は別として、そうでない人はこのペースでは苦しいペースで登っていることになります。
そこで、実際に登高ペースがわかる腕時計をして常にペースをみながら登ってもらう実験をしたところ、被験者全員心肺系のトラブルなく(苦しくなることなく)登ることができたという結果がでました。
やはり、感覚ではスピードはついオーバーペースになりがちなので、客観・定量的に把握しながら登ることはとても有用だということがわかります。
実験に使用した、登高ペースが測れる時計はSEIKO アルピニストです。
登りが苦しい方は、ぜひこういったギアを使用して登高ペースが400m/h以下になるよう心がけてみてください。
ちなみに僕が愛用しているsuunto 9 Baroでも計測可能です。
登山に必要なトレーニング
登山における登りがなぜ苦しく心肺に負荷をかけているのか、運動強度や登高ペースという考え方をすることで定量的に理解することができたと思います。
そして運動強度を落とした登高ペースにすることで、苦しくならずに登ることができます。
しかし、それでは大きな山や工程の長い山では不安がありますし、天候の急変など、ときにはペースを早める必要もあり、そういった体力をつけておかないと安心できる登山とは言えません。
また、下りでは心肺系の体力というよりも、筋力や柔軟性、敏捷性などの神経系の体力が必要になることはすでに述べました。
では、それらのためにはどのようなトレーニングが必要でしょうか。
一般的な登山の運動強度は7メッツであることは上述の通りです。したがって、トレーニングもこの運動強度に耐えられることを目的に行う必要があります。
しかし、これを理解していないとトレーニングの内容が「健康」には役立っているけど「登山」には役立っていないということになり、実際そのような場合に陥っているということもよくあります。
ウォーキング?
普段からウォーキングで鍛えているという方も多いと思いますが、平地でのウォーキングは運動強度的にはたかだか5メッツ程度です。
これでは、いくら長時間やったとしても登山に必要なトレーニングができているとは言えません。
健康には良いですが、登山の役には立ちません。
階段の上り下り?
駅の階段などエレベーターを使わずに歩くことでトレーニングとしている方もいると思います。
この場合、運動強度は十分ですが時間が短すぎるため、これも登山のためのトレーニングとしては不十分です。
長時間階段の上り下りをすることは有効ですが、なかなかできませんよね・・・。
登山仕様の効果的なトレーニング
家や街なかで比較的短時間で行えるトレーニングとしては、必要強度を考えるとジョギング・ランニングと、筋トレくらいしかありません。
筋トレはまだしも、ジョギング・ランニングはできる人はもちろんとても有効ですが、慣れない人がいきなりやりすぎると膝などを故障しがちですし、高齢者の方はなかなか難しいと考えられます。
ではそのような場合、どうするか。
答えは、これを言ってしまうと身も蓋もないのではありますが、登山のトレーニングは登山が一番なのです。
佐賀県の金立山という標高502mの低山で「水曜登山会」というのが行われています。
これは、春夏秋冬、真夏も雨雪の日も必ず毎週水曜日に100名くらいが参加する登山の会で、1回の登山で3〜3.5時間程度、登り下りとも500mを歩くという内容です。
驚くことに、この会に参加している人は年齢・性別に関係なく日本アルプスやヒマラヤトレッキングを問題なくこなせるようになるというのです。
たしかに、7メッツ程度の運動強度を定期的にまとまった時間行うことができ、かつ下りでは筋力やバランス力を自ずとトレーニングできているということを考えると理にかなっています。
実際に定期的に登っている人と月イチ程度の頻度の人で、どれくらいトラブルが起きやすいかを調査した結果があります。
つまり、登山力というのは年齢・性別に関係なく、現在どれくらい山にいっているかで決まり、地道にやれば確実に効果がでるものです。
必要なトレーニング量
「水曜登山の会」の事例からもわかるとおり、定期的に月に獲得標高2000m程度の山登りを続けると効果があると言えます。
もちろん、月に1回2000mというのではカラダを壊す可能性も高いので効果は薄く、反対に週に500mずつ4回など均して行うと効果があります。
これは、市民マラソンで一般的に筋肉痛や膝痛を起こさずに完走するためには、月間走行距離は100km程度を確保し、週3回ほと筋トレをすると良いという経験則がありますが、それに似ています。
下り対策としての筋トレ
定期的に山登りをしていれば、体力的にはそれで問題ないのかというと、実はそうでもありません。
以下のグラフの色のついた折線は登山をやる人の筋力と年齢の関係を表したもので、一般の人よりも確かに筋力はあるのですが、ある年齢をすぎると標準コースタイムで歩くための筋力(赤点線)に満たなくなっていきます。
つまり、年齢があがるほどこの差分を埋めるための筋力トレーニングが必要になります。
励行したい筋力トレーニング3種
登山に必要な筋力をつけるためには、次の3つの筋トレをはじめは10回×3セットを週に三回、なれてきたら15回かける5セットを週に三回やるとよいでしょう。
1.スクワット(太腿、大腿四頭筋を鍛えます)
2.上体おこし(腹筋、外側)
3.足上げ(腸腰筋、深部)
バランス力、柔軟性、敏捷性のトレーニング
下りなどでの転倒は筋力だけでなく、バランス力、柔軟性、敏捷性の衰えにも起因します。
特に、バランス力は年齢とともに急激に下がっていきます。
そこで、山本先生を中心に、登山中の身のこなしをよくするための「登山体操」を開発されました。
(前から)
(後ろから)
柔軟性、バランス、敏捷性、神経〜筋の協調性、認知能力の総合的改善を意図して作成されたものですので、ぜひ参考にして取り入れてみてはいかがでしょうか。
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当サイト「GoALP – 山を楽しむ人のための安心・安全登山メディア」の監修者でもあり、登山を教えることのできる者が集まった非営利集団で、山岳事故を減らすための啓発活動をしている日本登山インストラクターズ協会(2013年創立・岩崎元郎代表)が、来春より開催する6期目「JMIA登山講習会」の受講者を募集しています。あなたも、一年かけて実際に山に登りながら山岳指導者の手ほどきをうけてみませんか?