元エベレスト登山ガイドに聞く!シリーズ。前回は、コロナ禍による登山体力の低下と、それを取り戻すためのおすすめの登山について紹介しました。
第2回目の今回は、登山のための体力維持・向上のためのトレーニングについて、さらに深掘りしてお話を伺いました。
加齢とともに体力の衰えを感じる中高年の方だけでなく、テレワーク続きで体力が落ちている若い方もぜひ参考にしてみてください。
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登山のためのトレーニング
目次
― 今回は、登山のためのトレーニングということで、その考え方や実践的な方法などを伺えればと思います。
筋肉について
まずは、登山に必要となる筋肉の話です。
我々が筋肉と言っているものは「骨格筋」と言い、関節をまたぎ二つの骨につき、収縮をする事 により体を動かす働きをして、白筋と赤筋で成り立ちます。
白筋(速筋) は、顕微鏡で見ると白く見える、「瞬発力」の筋肉で、太くなります。 白筋は加齢で衰えやすいので、高齢者はこれを鍛えると良いでしょう。
赤筋(遅筋) は顕微鏡で見ると赤く見える、「持久力」の筋肉で、太くならないです。赤筋は加齢で衰えにくいので、持久運動の山歩きは中高齢者に向いています。
運動の種類によって、これらの発達する筋肉は異なってきます。瞬発力系の運動では白筋が発達し、持久力系の運動では赤筋が発達します。
例えば陸上選手のウサイン・ボルト選手、室伏広治選手は白筋が発達し、高橋尚子選手は赤筋が発達していると考えられます。
陸上競技は「最大運動」なので最大能力を出すために、その運動の為のギリギリの体・筋肉になりますが、登山は「最大下運動」なのでギリギリの体は必要としません。
登山家の体は、ラインホルト・メスナーさんは8000m峰全14座を全て無酸素で登頂したスーパー登山家ですが、山では抜群に強く、大腿四頭筋の筋肉の赤筋率は70%と一流マラソンランナー並みだったそうですが、友人の医師の研究で12分走を走ったところ余り速くなく、友人が「手を抜きているのでは?」と言ったら「俺は全力で走っている」と言ったとか…
彼は平地のマラソンを速く走る体ではなく、箱根駅伝の山の神の様に山を速く登る山用の体だったのです。
R・メスナーさんの体格はBMI指数21,5(身長179cm/体重69kg)、肺活量4650ml、安静時心拍数56と、普通の人より良い程度で、陸上競技のスーパーアスリートの様な特別な体・筋肉ではありません。
まして我々の様な一般登山者には普通の人より少し良く、山に向いた体・山用の筋肉があれば良いのです。
― 山でよく使う筋肉の部位でいうとどういったところになるのでしょうか。
登りで使う筋肉は、脊柱起立筋(背骨の左右の筋肉)、大殿筋(お尻の筋肉)、 大腿四頭筋(大腿直筋/外側広筋、太腿前部の筋肉)、腓腹筋(ふくらはぎの筋肉)です。
下りで使う筋肉は、腹直筋(腹筋)、大腿四頭筋(大腿直筋/外側広筋)です。
結論として、山の主働筋(主に働く筋肉)は、登り下りとも「大腿四頭筋」(太腿前部の筋肉)です。
山の体力と山での体のトラブル
― 山での体力といえば、心肺能力もありますよね。筋力トレーニングとどちらを優先すべきでしょうか。
山の体力は「筋力+心肺能力」ですが、車で例えると、筋力は「ボディと足回り」、心肺能力は「エンジン」です。
ボディと足回り(筋力)が強くても、エンジン(心肺能力)が弱ければ、登りが苦しい。 ・・・頑張ると、「心臓突然死」の可能性がある!
エンジン(心肺能力)が強くても、ボディと足回り(筋力)が弱ければ、下りは脚(膝)が がくがくになる。 ・・・頑張ると、「膝痛や滑落事故」の可能性がある!
どちらが優先か?と言うと、「ボディと足回り(筋力)が優先」します。
理由は、心肺能力が弱ければゆっくり登る事でカバーができますが、筋力が弱い事はゆっくり登る事ではカバー出来ません。
― なるほど。では、山での体力的なトラブルはどういったものが多いでしょうか。
過去に、千葉県勤労者山岳連盟で108人にアンケート調査を行ったところ、山での体のトラブルワースト3は以下でした
- 膝の痛み(44%)
- 登りで心肺が苦しい(23%)
- 下りで膝がガクガク(22%)、下山後筋肉痛(22%)
1と3はともに大腿四頭筋の筋力不足に起因し、2は心肺能力不足が原因となります。
それぞれの対策については、詳細はこのあと述べますが、1と3は日常の補強トレーニングを、2については実践トレーニングをすると良いでしょう。
日常トレーニングと実践トレーニング
大腿四頭筋を強化する日常トレーニングとしておすすめなのは、「レッグエクステンション」と「スクワット」です。
レッグエクステンションは、椅子に座り膝を伸ばす。大腿四頭筋に力を入れて 5 秒保持します。
スクワットは、肩幅位両足を開き、膝とつま先の向きは平行にして椅子に座る様にお尻か ら下ろし、膝がつま先より先に出ないようにします。
それぞれ10〜30回を1セットとして行います。
下記の表は、鹿屋体育大学・山本教授のデータに基づくものですが、スクワットはもっとも確実な大腿四頭筋の日常トレーニングです。
実戦トレーニングは「低山歩き」(第1回を参照)がベスト! ・・・トレーニングの原則は「その運動のトレーニングは、その運動をする事が一番良い」 のです。
トレーニングの原則その2は、過負荷の原則「きついと感じる負荷をかける」事です。
1 登りで心肺が苦しい人は、「登高スピード負荷トレーニング」をすると良い。 ⇒軽装で、意識して「ややきつい~きつい位のスピード」で登る。
2 筋力が不足の人は、「ザックや靴などで重量の負荷」を掛けて登る。 下りで膝がガクガクする人は、意識して「下りのトレーニング」をすると良い。 (いずれも少しずつやる)
三浦雄一郎さんのトレーニング方法
三浦雄一郎さんは、80歳でのエベレスト登頂に向けて、リュック25kg、アンクルウェート5kgずつ、特注シューズ片足2kgの合計39㎏の荷物を背負ってヘビーウォーキングをしていたそうです。
エベレスト登頂時の装備は酸素を含めて約23㎏位ですので、その2倍の負荷を掛けています。8000mを登る為に平地で同じ負荷ではトレーニングにはなりませので、平地の約2倍という実際の登山での負荷を想定したトレーニングをしているわけです。
登山の日常トレーニングとして特に高齢者の方にはこのヘビーウォーキングは良いと思います。
最初の1ヶ月は負荷無しでゆっくり歩きを1時間程度。脂肪燃焼促進のため、出かける前に糖分を補給する。
次の1ヶ月は1kgのリュックを背負い、ぶらぶら歩きと早歩きを交互に繰り返す。
さらにアンクルウェートつけ、その重さを徐々に増やしていく。筋肉痛がでたら2,3日休み、無理せず長続きさせるようにする。
下りの筋力を日常で鍛えるためには、ビルの最上階から階段で降りてくるといったことも取り入れると良いと思います。
三浦さんは2020年6月に特発性頸髄硬膜外血種という100万人に一人という難病を発病し、手術の上8か月リハビリ後に2021年7月に富士山五合目で聖火リレーを走ると言うか歩きましたが、現在は要介護4だそうです。過去に心臓手術を7回しています。
しかし今の目標は来年90歳でヨーロッパ最高峰エルブルース(5642m)をスキーで滑降する事だそうで、その為のリハビリをしています。
三浦さんの3回のエベレスト登頂のサポートした鹿屋体育大学の山本教授は、「三浦さんに強く感じる事は“心の持ち方”で、エベレストに登ろうという大きな夢に向かって努力をしている」と言っています。
私は三浦さんの信奉者ではありませんが、三浦さんの①目標(夢)を持つ、②目標(夢)を達成する為に周到な準備をする、③年齢相応の登り方をする、の三つは皆さん方の参考になるかと思います。
トムラウシ山の遭難に学ぶ
2009 年 7 月 16 日北海道トムラウシ山で悪天候の為に、18 人パーティ中 8 人が低体温症 で死亡という夏山史上最悪の遭難が起こりましたが、同日、遭難パーティから 30 分遅れで 小屋を出発した某ハイキングクラブパーティ 6 人は、同じコースを時間がかかり、ギリギリに はなったが「全員無事に下山」をしました。
遭難パーティは事前トレーニングはせずに、体力的に不安なので荷物を減らしていたが、 彼らは事前に 15kg の荷物を担いだ日帰り登山を 3 回ノルマで行い、雨の日登山も積極的 に行っており、最悪の事態を想定してその準備をしていたそうです。
これから学ぶこととして、漫然とトレーニングをするのではなく、コロナ後の「本格山行を想定」したトレーニング をする事が大切です。
― ありがとうございました。そのほか、何か効果的なトレーニングはあるでしょうか。
転ばない為に
転倒は高齢者の最大の敵!転ぶ理由は「脚とつま先が上がらない」為です。
これを防止するために、①前脛骨筋(下肢前部外側の筋肉、つま先を上げる)と②腸腰筋(骨盤裏から大腿骨をつ なぐ筋肉、脚を上げる)のトレーニングが良いです。
①は、仰向けに寝て、つま先を上げる。 ②は、仰向けに寝て、脚を上げる。
これを、 1 セット 10~30回行うとよいでしょう。
終わりに
厚労省によると、2020 年の平均寿命は男性 81.6 歳、女性 87.7 歳。100 歳以上は約 86,000 人で、うち女性が 90%を占め、最高年齢は 118 歳女性だそうです。
更に、2020 年生まれの子供の 90 歳迄生きる確率は、男性 28%、女性 52%で、高齢化は益々進む と思われます。
残念ですが、新型コロナが普通の病気になり、我々の生活が以前に戻るにはまだ少し時間が掛 かると思われますので、コロナに負けず年齢にも負けず、出来る範囲でトレーニングをして山に 登り、元気に過ごしましょう。
人間は歩ける限り山に登れますし、山は元気の源です。
― ありがとうございました。
講師紹介
講師:安村 淳 氏
<プロフィール>
1946 年(昭和 21 年)生まれ、75 歳。16 歳から山歩きを、20 歳より岩登りを始
め、以後岩登りを中心に国内外で登山活動を行う。
40歳よりガイドを始め、アルパインクライミングと高所登山のガイドを行う。
2009 年のトムラウシ山の事故後、(公益社団法人)日本山岳ガイド協会が始めた危急時対応技術講習の講師として、ガイド試験合格者へ危急時対応技術講習を行う。
70 歳で日本山岳ガイド協会を退会し、ガイドを引退。
現在は、日本登山インストラクターズ協会(岩崎元郎理事長)で安心安全登山公開
講座を担当し、安心安全登山の啓蒙活動を行っている。
<資格>
日本山岳インストラクターズ協会講師、厚生大臣免許;あん摩マッサージ指圧師
元(公益社団法人)日本山岳ガイド協会危急時対応技術指導員
<主な登山歴>
ヒマラヤ;エベレスト(8848m)、チョーオユー(8201m)、シシャパンマ(8014m)、他
アルプス;モンブラン(4807m)、マッターホルン(4477m)、アイガー(3970m)、他
アンデス;アコンカグア(6950m)、チンボラソ(6310m)、ワイナポトシ(6094m)、他
北 米 ;マッキンレー(6192m)、Mt レーニア(4392m)、グランティトン(4196m)、他
ヨーロッパの岩場;ドリュ北壁、ミディ南壁、シャモニー針峰群の岩場、他
韓国の岩場;仁寿峰、仙人峰、将軍峰、蔚山岩、他
25 年間韓国仁寿峰に通い、「岩と雪」、「山と渓谷」、「岳人」等で紹介し、韓国国立公園管理公団より感謝碑を受ける。
講師より一言
エベレストの頂上は10m位の雪のピークで、すぐ下はジェットストリームの為か岩がむき出しになっています。
また頂上には標識などは何もありませんが、ローツェやマカルー等の8000m峰が下に見え、ここが世界の最高所だと感じます。
登りは夜の為に気になりませんが、下りは昼の為に所々に赤や黄色の遭難者のヤッケが見られ、“ここは究極の世界”だと実感をします。
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登山の総合スキルを体系的に学びたい方必見!
当サイト「GoALP – 山を楽しむ人のための安心・安全登山メディア」の監修者でもあり、登山を教えることのできる者が集まった非営利集団で、山岳事故を減らすための啓発活動をしている日本登山インストラクターズ協会(2013年創立・岩崎元郎代表)が、来春より開催する6期目「JMIA登山講習会」の受講者を募集しています。あなたも、一年かけて実際に山に登りながら山岳指導者の手ほどきをうけてみませんか?