筋肉・疲労のメカニズムと登山における体力づくりのポイント – 登山の教科書

自分がゼーハー息を切らせながら山を登っているときに、歩き慣れた人がテンポよく軽快にスイスイと山を歩いているのをみると、羨ましくおもいますし、自分も早くそうなりたいなと思いますよね。また、下りは下りで長時間にわたって膝に負担がかかって苦しい思いをされる方も多いのではないでしょうか。

こういった課題を克服するためにやはりトレーニングは必要になってきますが、やみくもに筋肉をつけても“的”を外してはいけません。トレーニングのノウハウについては情報がたくさんありますが、やり方だけ聞いて真似をしても意味がないのです。

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それは人によって体が違うし弱点も違うため、トレーニングの目的も違ってくるからです。したがって、小手先のトレーニング方法ではなく、身体機能のメカニズムを知って、自分に合った方法を工夫し、科学的に根拠ある正しいトレーニングをすることが大切です。

本稿では、そのために知っておきたい筋肉や疲労のメカニズムの基本を理解することで、山での体の使い方や必要なトレーニングを考える手助けになればと思います。

あわせて、トレーニングを継続させるためのコツや具体的なトレーニングの方法を解説した「もう山でバテない!登山のための体力づくりと継続するためのコツ」もご参考ください。

1、登りの疲労のメカニズム

自由なペースで歩いた時のベテランと初心者を比較すると心拍数に大きな違いが表れます。初心者はスタート直後に、心拍数が180を越えるくらいまでペースを上げて“ガガーッと登って大きな休息、またガガーッと登って大きな休息”を繰返し、後半バテて到着が遅れます。これに対してベテランは常に一定のペースで歩いて心拍数を150前後に留め、立ち休み程度の小休止はするが大きな休息はほとんどせず、あまり疲れないで到着が早いのです。

ベテランは心拍数と血中乳酸値の関係を良く知っていて、ある心拍数までなら乳酸値はほとんど増えず、相応の速度以下で歩けば疲労せずに長時間歩き続けられることが分かっているからなのです。疲労すると疲労物質である乳酸が発生し、これに伴って大脳は辛いと感じ始めます。この体が発してくれるシグナルを利用し、“少しきついかな”と思う程度の速度でコンスタントに歩けば疲労せず、長時間歩き続けられます。

血中乳酸値の増え方には個人差があるので、マイペースでなく他人に合わせて歩くと無理した拍子に乳酸が出てしまい、なかなか散らないから疲れます。一方、同じ人でも荷物の重さや坂道の傾斜角度等の状況によって “乳酸値が急に増え始める限界の歩行速度” が違います。

登山のベテランはさまざまな状況変化に対して無意識のうちに歩行速度を調整し、乳酸が出ないように歩いています。優れた登山家は疲労に耐えて頑張っているのではなく、疲労せずに運動できる能力が優れているのです。

「乳酸値が急に増え始める限界の速度」を上回らないで歩く“技術”を磨けばよいのですが、トレーニングして筋力を強化し、「限界の歩行速度そのもの」を高めることも重要です。

*正確には乳酸が疲労物質ではなく、乳酸の発生に伴って出る水素イオンが疲労を引き起こすのですが、一般的に乳酸を疲労物質と呼んでいます。

バテない体をつくる登山エクササイズ – 大森 義彦 (監修)

2、下りの疲労のメカニズム

登りと下りではメカニズムが全く違うことを知っておいてください。下りでは血中乳酸値がほとんど増えず、筋肉の細胞が壊れた時に発生するCPKと言う物質が増えます。下りの疲労の犯人は血中乳酸値ではなく、筋肉細胞が壊れることなのです。

筋肉は縮みながら働くように出来ていて、下りの時のように伸ばされながら働くのは本来の姿ではありません。これは登山の下りに特有のパターンで日常生活では不自然なパターンだから、筋肉細胞への負担が大きいのです。しかも、体重&荷物の重量が衝撃時には何倍にもなって掛かり、これを長時間やるのだから筋肉の破壊が大きいのは当然です。

乱暴に下ったり荷物が重かったりすると、着地時の衝撃力は登りの時の2倍くらいになります。筋肉痛は筋肉の細胞が壊れた時に起こる炎症の痛みだから下り特有の現象で、登りでは起きません。

筋肉がズタズタに壊れ、かなりのダメージを受けているのに下りは楽だと錯覚するのは何故でしょうか。筋肉痛はしばらく時間をおいた後でないと出ないので、その場では分からないから大脳が辛いと感じないのです。その場で辛いと感じるのは息切れなどの心肺機能と乳酸の発生だが、下りではこれらの負担がほとんどありません。

尚、着地時の強い衝撃力を膝で受けたらひとたまりもないので、登山中は常に膝を柔らかく曲げて力を逃がすようにしなければなりません。

山登りABC 登山ボディのつくり方 – 芳須 勲 (著)

3、筋肉痛のメカニズム

激しい運動をすると筋肉の中の部品がこすれあって小さい傷がいっぱい出来ます。この傷を治す時に熱が出て痛みを感じます。また、筋肉が伸びたり縮んだりして動く時、燃やしたエネルギーのかすが溜まると筋肉が硬くなって疲れや痛みを感じます。その日の筋肉痛はこれらの痛みです。

翌日に襲ってくる激しい痛みは筋肉を大修復する時のもので、今まであった筋肉が一旦ズタズタに壊れて老廃物として流れ去り、そのあとにもっと太い筋肉ができるのです。筋肉痛のとき尿が赤くなるのはこれに関係しているのだから心配は要りません。

筋肉の太さは筋力の強さと比例するから、筋肉痛は体力強化の過程の一つで喜ばしいことです。一方、普段からよく使う人の筋肉は傷が出来にくく、出来ても新しい部品を運ぶ力や傷を治す物質を運ぶ力が強くて、痛くなる前に修理してしまいます。

登山の運動生理学とトレーニング学 – 山本正嘉 (著)

4、持久力をつけるには

持久力は長く歩き続ける為に大切な要素です。登山は有酸素運動だから持久力の良し悪しは筋肉がどれだけ酸素を使えるかで決まってきます。

肺で取り込んだ空気中の酸素を心臓・動脈・毛細血管を経由して筋肉へ送り込む能力を酸素供給能力と言って、高強度・短時間のトレーニングで向上します。筋肉に送られてきた酸素を利用して、栄養をエネルギーに変える能力を酸素利用能力と言って、低強度・長時間のトレーニングで向上します。

両方のトレーニングを合わせて行えば最大酸素摂取量が増え、最も持久力が強くなります。ランニングの途中に心臓がパクパク言うような激しい走りを時々取り入れると有効です。

運動すると筋肉の中でたくさんのエネルギ-が発生するが、このエネルギーのうち運動に使われるのは一部だけで残りの大部分は熱に変わってしまいます。運動すると体が熱くなるのはこの為ですが、人間は発汗作用で余分な熱を外に捨てているから体温が危険域まで上昇することはありません。しかし、その為に失う水分を補給してやらなければならず、脱水状態になると持久運動の能力が低下して疲労を招きます。

5、柔軟性を保とう – ストレッチは怪我を防止する

筋肉は放っておくと硬くなる傾向があるので、運動の前後にはストレッチングをして柔軟性を高める必要があります。柔軟性不充分で運動を始めると、筋肉や腱が引っ張られて痛めたり、衝撃を上手く吸収できなくて怪我をしたりするからです。

また、行動中疲労して柔軟性が低下してくると動作がぎこちなくなり、バランスを崩して転倒します。この兆候が現れたら、その場でストレッチングして再度、柔軟性を高めなくてはなりません。ストレッチングは身体が温まった時にやると効果が大きいので、登山の場合はスタートして少し歩いてから、頃合をみてやるのが良く、反動をつけないでゆっくりやるのがコツです。

6、適切なトレーニングの間隔

トレーニングの後は休養と栄養が必要であり、強い運動を毎日やっても疲労するだけで筋肉はさほど強化されません。しかし、2週間に1回登山するだけでは現状維持が精一杯で向上することはありません。

トレーニングすると疲労して一旦体力レベルは低下しますが、充分な休養と栄養を摂ると除々に回復し、やがてトレーニング開始前よりレベルアップします。これを超回復と言い、この時期に次のトレーニングをすれば良いのであって、早過ぎても遅過ぎても駄目なのです。

超回復の時期はトレーニングの程度によって異なるが目安は3日~1週間です。筋肉痛が治り、そのあとのダルさが引いた時期と考えればよいです。

7、「鍛錬」と「練習」は分けて考えよう

体力は鍛錬によって増強します。鍛錬とは筋肉に負担を掛けて疲れさせることで、それだけで簡単に強い筋肉が身につくのですが、鍛錬をやめてブランクをおくと元に戻ってしまいます。これを可逆性の原則と言いいます。入院してしばらくベッドの上にいると歩けなくなるのはこの為です。

一方、練習とは技術を身に付けることです。繰り返し体に覚え込ませ、頭脳から指令がこなくても体が反応するまで馴染ませなくてはなりませんが、一旦身に付けたらブランクがあっても直ぐ思い出します。これが永久性の原則で停止しても得られた効果は失われません。自転車乗りや水泳が良い例で、長年遠ざかっていても少しやれば元に戻ります。

疲れない歩き方の練習というのは筋肉を使わないで済む方法を身につけることだから鍛錬にはなりません。一方、鍛えようとして筋肉に強い負荷を掛けながら歩く練習をすると悪い癖が付いてしまいます。このように練習と鍛錬は両立しないことが多いのです。

大切なのは本人がどちらをやっているかを強く意識することです。

鍛錬: 体に過負荷をかけ、人間の体の適応性を利用して筋肉を強くするもの
練習: 神経と筋肉が調和するよう習っていくもの
技術: 知識(神経)と体力(筋力)の間にたって調和させ、二つのバランスをはかるもの

最大運動: 競技中に体力を使い尽くし、終了時には余力が残らない運動。スポーツのほとんどが該当します。
最大下運動: スピード・筋力・持久力のどれをとっても自己の限界まで発揮せず、余力を残して終らせる運動。登山はこれに該当します。

最後に

疲労のメカニズムを理解して正しいトレーニング方法は見つかったでしょうか。
ぜひここで得た知識を普段のトレーニングに活かしてほしいと思います。

重要なのは継続させることです。頻繁に山へ行ける人は良いですが、それが出来ない事情の人は街での補強トレーニングに頼るしかありません。しかし、登山は最大下運動であるという気安さからか鍛錬する気持ちに切迫性がなく、一般的にトレーニングに対する認識が低いと思います。

街のトレーニングは意思が弱いと継続が難しく、毎日やって習慣にしたいところですが、超回復理論と矛盾してしまいます。そこで、Aメニュー、Bメニューといった、違う筋肉を使うトレーニングメニューを3つくらい用意して、日替わりでやる方法などは如何でしょうか。

正しいトレーニングを継続し、山をスイスイ歩ける体力を手にすることは安心登山にも大きく役立ちます。
みなさんが、各自のやりかたで体力や技術を磨いていくことを願っています。

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