元エベレスト登山ガイドに聞く、山のこと(4)海外の高高所トレッキング対策

元エベレスト登山ガイドに聞くシリーズ、最終回のテーマは海外でのトレッキング。

日本の山よりも更に標高の高い海外の山々を登るためにはどのような準備を行えばよいでしょうか。

海外の有名な高山に登ってみたい方、世界最高峰のエベレストを見に行きたい方、いずれはエベレストに挑戦したい方も、最初の一歩として基本的な高高所での登山の準備についてや、講師の安村氏の経験について大変参考になるお話を伺いました。

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高所登山のランク分け

一口に高所登山といっても、その高度や登り方によって難易度や必要な運動強度、準備内容が異なってきますので、便宜上次のように分類しています。

ちなみに本稿では主にAランクの登山についての対策についてお話します。

Aランク

雪歩きがほとんどなく、道歩きに終始する5,000m台の登山になります。具体的には、カラパタール(5545m)/ゴーキョピーク(5360m)トレッキング、キリマンジャロ(5895m)登山などが該当し、必要な運動強度は7メッツほどとなります。

登山期間としてはだいたい1週間程度となります。

Bランク

雪山技術が必要な6,000m台の登山になります。アイランドピークやメラピークのようにオーソドックスな雪山技術が要求される雪山や、アコンカグアのように道登りが主体でも、高度が高く気象条件が厳しい山などが該当します。必要な運動強度は8メッツとなります。

このランクになると、登山期間は2〜3週間となります。

Cランク

酸素ボンベを使う8,000m峰の一般ルートや無酸素の7,000m峰の一般ルート、マッキンリー(6190m)が該当します。

8,000m峰で酸素ボンベを使えば生理的な高度は7,000mに下がります。一方、マッキンリーは6000m前半ですが、北極圏にあるため生理的高度は7000m近くとなります。つまり、このランクは身体的な負担からみると最大で7,000m前後の山とみなすことができます。

このランクの登山期間は1ヶ月前後になります。

さらに上のランク

Dランクとなる無酸素での8000m登山は、一般の登山家が無酸素で登れる限界となります。

Eランクは8500mの無酸素登山であり、8500mは人間の生存限界で一部の強い登山家のみ可能なレベルとなります。

Fランクは無酸素でのエベレスト登頂で、これはもはやスーパーマンの域となります。

余談:エベレストの話

山名は、一般的には「エベレスト」、チベットでは「チョモランマ」(チョモは「地域」、ランマは「女神」)、ネパールでは「サガルマータ」(サガルは「大空」、マータは「頭」)と呼ばれています。

1850年頃イギリスのインド測量隊により発見されたましたが、当時はネパール/チベットとも鎖国をしており現地の山名が分からなかったので、測量隊前隊長のジョージ・エベレスト大佐の名前を取り、エベレストと命名されました。

標高は、8848m(8850m、8844m等)諸説あります。

場所(緯度)は、 北緯27°59′(東京 北緯35°41′)で、もしエベレストが日本にあるとしたら、徳之島(北緯27°49′)あたりになります。

登頂については、 1953年ヒラリー/テンジン両氏(初登頂)、1970年松浦/植村両氏(日本人初)、1975年田部井氏(女性初)、1978年Rメスナー/Pハーベラー両氏(無酸素初)となっています。

チベット側(北東稜)登頂の写真
左が安村氏
チベット側ベースキャンプにて(後方がエベレスト)
野口健 氏(左)と谷口 けい氏 (右)

エベレストの頂上は雪のドームで、標識などはありません。ローチェ、マカルー、チョーオユー等8000m峰が下に見えるだけです。

登頂者は初登頂から約4400人、日本人は約170人、個人の最高登頂記録はシェルパの21回のようです。

頂上アタックはBCに入って3週間後、BC~頂上~BCで1週間、私はほとんど食べずに登りますので10㎏痩せました。

8000m以上はデスゾーンで、約200体の遺体があるそうです。私が見た遺体は8400m位にある「グリーンブーツ」と呼ばれているインド人登山家の遺体で、「ここを登る」と言う目印になっています。目印になっているこういう遺体がいくつかありました。

また、北東稜ルートには日本人女性の2遺体もあります。8000m以上で動けなくなった人を救うすべも、遺体を下すすべもありません。

この様にエベレストには危険が一杯ですが、世界最高峰にはどんな危険にも勝る魅力があるのだろうと思います。

Aランクの山の登り方(歩き方)

日本での準備

日本での準備としては、「体力トレーニング」と「高所順応トレーニング」が大切です。

まず体力について、必要な体力は「7メッツ」となりますが、基礎トレーニング(日常トレーニング+低山トレーニング)に加え、とにかく山で長い距離を歩く(運動強度ではなく、運動時間を重視する)のが良いでしょう。

[例]カラパタールやゴーキョピークの場合は、1日4~5時間を何日も続けて歩く。また、キリマンジャロの場合は1日10時間程度を2~3日続けて歩く。その山の歩き方をシミュレーションする。いずれも運動負荷は弱くて良く、運動時間を重視する。

高所順応としては、登山開始から2~3日の到達高度の順応(初期順応)をしておきます。

[例]カラパタールやゴーキョピークの場合は、ルクラ(2800m)ナムチェ(3400m)の順応をする。
キリマンジャロの場合は、マンダラハット(2700m)ホロンボハット(3700m)の順応をする。

日本の高所順応トレーニングの場所としては、①富士山、②2500m~3000mの山、③低酸素室等がありますが、いずれも宿泊すると睡眠中は呼吸数が減るので、宿泊すると更に順応効果が期待できます。

高所順応のアドバイス

+2000m仮説というのがあります。「その人が順応している高度+約2000mの高度までは、その順応が通用する」という山本教授の仮説です。

この写真はその根拠になるもので、写真はチョーオユーの頂上ですが、2時間酸素を吸わなくても私もお客さんも特に問題はありませんでした。

ただこれは1メッツ(安静)の状態で、登るのは8メッツですので、無酸素で登るのは難しいと思います。

チョーオユーではBC(5700m)で3週間順応しており、低地民族としてはほぼ出来る順応をした状態ですので、普通(完全に順応が出来ない場合)は+1000mと考えた方が良いかと思います。

もう一つ、「出来るだけ高い高度で高度の刺激を受けて、出来るだけ低く暖かい酸素の濃い所で休養をすると、高所順応が進む」という安村の経験則があります。

順応効果は富士山が最も高いが、高齢者には負荷がきついので、次の場所が良いでしょう。

木曾駒ケ岳・千畳敷(2612m)でSpO2が85~86%、木曽駒ケ岳頂上(2956m)
では81~82%に下がり(63歳女性)、宿泊すると更に下がるので、高所順応効果が期待できます。

しかも、ロープウェイは1年中動いていますので、1泊2日で1年中高所順応が可能です。

その他は、富士山5合目(2300m)、乗鞍岳畳平(2700m)など交通機関で直接高所へ上がれる 所では、雪の無い時期には良い高所順応が出来ます。(低所順応の応用)

また、低酸素室は日本では常圧低酸素室なので、山で高所順応出来ない時の代替えと考えます。

順応トレーニング期間としては、出発の6か月前から始め、毎月1回、出発前は2~3回やり、直前には高所で宿泊すると良いです。

現地での対応

行動で気をつけるべき点としては、酸素が薄いので、その高度に順応するまでは意識してゆっくり動きゆっくり歩くことです。日本の山より全てゆっくり。これが一番難しい。

脱水にも注意です。高所は乾燥しており、更に高所順応で血液が濃くなるので、水分の補給をします。 自分の飲みやすい物で良いです。

呼吸については、薄い空気を沢山取り込むために、意識して口すぼめ腹式呼吸(高所呼吸)をします。ローソクを吹き消すイメージで、息を吐いてから吸います。

この方法で、SpO2が千畳敷(2612m)で85~86%が93~94%に、木曽駒ケ岳頂上では81~82%が94~95%に改善しました。(63歳女性)

エネルギーについて。登山のエネルギー源は炭水化物です。意識して炭水化物を補給します。また、自分の食べやすい物を持参すると良いです。

エベレストでは、ゴリラ隊は蕎麦やうどん、ラーメンなど、日本食を沢山持ち込
みました。また、食べられない時や行動中にはショッツ(エネルギージェル)が有効でした。

高所順応の指標としては、頭痛、食欲、睡眠などに問題が無くなり、SpO2の上昇などがあれば、ほぼその高度に順応したとみて良い。(ただし体が低酸素状態は変わらない)

パレスオキスメーターの測り方ですが、個人の体調を見る時は、各自が持ち、目が覚めた時に測ります。 1台で全員の体調を見る場合は、朝食時などに全員を測ります。個人差もあり80台~70台になるが、60台は要注意。

高山病になったときの対処

高山病にならないように日本で準備する事が大切です。それでもなったときの対処法は下記になります。

高度を下げる

500mを目途として、1000m下ればほとんど良くなり、高度に順応します。ツアー登山等で日程が決まっている場合は難しいが、一番良い高山病の対処法です。

酸素を吸う

ネパール・ナムチェのエベレストビューホテルでは、高山病のゲストに酸素を
30分吸入させています。長期トレッキング時には緊急用に酸素を持参すると良いでしょう。 生理的に高度を下げる効果があります。

ダイアモックス

「ダイアモックス」は高山病の薬ではありません。通常は緑内障、てんかん、メニエル病や睡眠時無呼吸症候群等の治療に使う薬です。

私は1度も使った事がありませんので、使用法は何とも言えませんが、しびれ、頻尿・多尿、発疹、発熱などの副作用がありますので、ご使用にはご注意下さい。

成否の大半は日本を出るまでに決まる

日本の山で強い人が高所でも強いとは限らないが、日本の山で弱い人は高所でも必ず弱い。日本で充分準備をする事が大切です。

海外での高所登山の成否は、日本でやってきた事が正しいかどうかで決まります。本番の登山とは、「日本での準備が正しかったことを確認する作業」です。

終わりに

今日は海外の高高所トレッキングの話を致しましたが、コロナが仮に日本で落ち着いたとしても、世界が落ち着かなければなかなか海外へは行けません。私も来年の秋にはネパールに行きたいと思っていますが、難しいかもしれません。

しかし、このコロナもいずれは落ち着くでしょうし、また海外へ行ける日も来るかと思いますので、その日の為にまずは、来年の夏には国内の高所トレッキングをして頂ければ宜しいかと思います。

日本の高所トレッキングをせずに海外の高高所トレッキングには行けませんので…。

よく、「ヨーロッパとヒマラヤとアンデスでは、どこが一番良かったか?」と聞かれますが、

*ヨーロッパは「綺麗なテーマパークの山」の世界で、ヨーロッパの文化が感じられます。
*ヒマラヤは「白き神々の座」の世界で、あんな所に登ると罰が当たるのではと感じます。
*アンデスは「コンドルは飛んでいる」と言う山の世界で、山高帽のインカの末裔の人々の文化が感じられます。

それぞれが素晴らしい山々でした。

しかし、山に登る人なら、もしチャンスがあるのなら、1度は世界最高峰のエベレストをご自分の目で見に行かれると良いのかな…と思います。

明確な四季のある日本の山々は世界に誇れる山々ですが、世界の山々もそれぞれが素晴らしい山々です。我々はあと何年生きられるか分かりませんが、夢を持ち目標を持って、最後まで「生涯現役・生涯登山者」で行きましょう。

講師紹介

講師:安村 淳 氏

<プロフィール>
1946 年(昭和 21 年)生まれ、75 歳。16 歳から山歩きを、20 歳より岩登りを始
め、以後岩登りを中心に国内外で登山活動を行う。

40歳よりガイドを始め、アルパインクライミングと高所登山のガイドを行う。
2009 年のトムラウシ山の事故後、(公益社団法人)日本山岳ガイド協会が始めた危急時対応技術講習の講師として、ガイド試験合格者へ危急時対応技術講習を行う。

70 歳で日本山岳ガイド協会を退会し、ガイドを引退。
現在は、日本登山インストラクターズ協会(岩崎元郎理事長)で安心安全登山公開
講座を担当し、安心安全登山の啓蒙活動を行っている。

<資格>
日本山岳インストラクターズ協会講師、厚生大臣免許;あん摩マッサージ指圧師
元(公益社団法人)日本山岳ガイド協会危急時対応技術指導員

<主な登山歴>
ヒマラヤ;エベレスト(8848m)、チョーオユー(8201m)、シシャパンマ(8014m)、他
アルプス;モンブラン(4807m)、マッターホルン(4477m)、アイガー(3970m)、他
アンデス;アコンカグア(6950m)、チンボラソ(6310m)、ワイナポトシ(6094m)、他
北 米 ;マッキンレー(6192m)、Mt レーニア(4392m)、グランティトン(4196m)、他
ヨーロッパの岩場;ドリュ北壁、ミディ南壁、シャモニー針峰群の岩場、他
韓国の岩場;仁寿峰、仙人峰、将軍峰、蔚山岩、他
25 年間韓国仁寿峰に通い、「岩と雪」、「山と渓谷」、「岳人」等で紹介し、韓国国立公園管理公団より感謝碑を受ける。

講師より一言

高所に強い人;

冒険家の三浦雄一郎さん、ピオレドール生涯功労賞の山野井泰史さん、日本の高所登山ガイドの第1人者近藤謙司さんなど、高所に強い人は高所でもりもり食べると聞きます。

写真はエベレストBC・ゴリラ隊食堂テントの夕食風景で、写真右が故谷口けいさん、その左奥が講師です。

谷口さんは野口健さんのサポートとして来ており、日本食を沢山持ち込んだゴリラ隊に良く夕食を食べに来ていました。

小さな体でもりもり食べ、「これだけ食べれば高所でどんなに強い事か!」と感心したもので、彼女のその後の高所登山での活躍が想像できました。

「私、高所では食べられないの」と言う山野井妙子さんの様な例外はありますが、「高所に強い人は胃腸が強い。胃腸が強い事が高所に強い条件の一つ」と言って良いかと思います。

因みに、私は胃腸が弱く、高所ではほとんど食べられませんでした。

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