元エベレスト登山ガイドに聞く、山のこと(1)コロナ禍と山登りについて

毎年その道で著名な方をお招きして、登山者のための机上講座として開催していた、JMIA(日本登山インストラクターズ協会)による安心安全登山公開講座。

今年はコロナ禍ということもあり実施には至らず、講師の方からの寄稿とインタビューを交えてGoALP上で提供することになりました。

今回のJMIA安心安全登山公開講座は全4回を予定し、講師は長年クライマーとして世界中の峰々を登られ、またヒマラヤを始めとした高所登山ガイドをされていた安村さんをお招きして実施します。

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題して、元エベレスト登山ガイドに聞く!第一回目は、コロナ禍での山行において、意識すべきことを講師に伺ってみました。

講師紹介

講師:安村 淳 氏

<プロフィール>
1946 年(昭和 21 年)生まれ、75 歳。16 歳から山歩きを、20 歳より岩登りを始
め、以後岩登りを中心に国内外で登山活動を行う。

40歳よりガイドを始め、アルパインクライミングと高所登山のガイドを行う。
2009 年のトムラウシ山の事故後、(公益社団法人)日本山岳ガイド協会が始めた危急時対応技術講習の講師として、ガイド試験合格者へ危急時対応技術講習を行う。

70 歳で日本山岳ガイド協会を退会し、ガイドを引退。
現在は、日本登山インストラクターズ協会(岩崎元郎理事長)で安心安全登山公開
講座を担当し、安心安全登山の啓蒙活動を行っている。

<資格>
日本山岳インストラクターズ協会講師、厚生大臣免許;あん摩マッサージ指圧師
元(公益社団法人)日本山岳ガイド協会危急時対応技術指導員

<主な登山歴>
ヒマラヤ;エベレスト(8848m)、チョーオユー(8201m)、シシャパンマ(8014m)、他
アルプス;モンブラン(4807m)、マッターホルン(4477m)、アイガー(3970m)、他
アンデス;アコンカグア(6950m)、チンボラソ(6310m)、ワイナポトシ(6094m)、他
北 米 ;マッキンレー(6192m)、Mt レーニア(4392m)、グランティトン(4196m)、他
ヨーロッパの岩場;ドリュ北壁、ミディ南壁、シャモニー針峰群の岩場、他
韓国の岩場;仁寿峰、仙人峰、将軍峰、蔚山岩、他
25 年間韓国仁寿峰に通い、「岩と雪」、「山と渓谷」、「岳人」等で紹介し、韓国国立公園管理公団より感謝碑を受ける。

講師より一言

この写真は、南博人(左)さんとのツーショットです。

南さんは1959年に当時登攀不可能と言われた谷川岳一の倉沢衝立岩正面壁を初登攀して、登山界に衝撃を与えた伝説のクライマーですが、南さんの現役時代は私は中学生で存じ上げていません。大先輩に「来てください」言われれば「来い」と言う事なので、絵には興味はありませんが個展に伺いました。

今では良い思い出です。

コロナ禍と登山について

― 安村さん、本日はよろしくお願いいたします。一回目は、「コロナ禍と登山」というテーマについてお話を伺えればと思います。

はい、まずはじめに簡単にコロナの現状と今後の見通しについて、様々な報道からみた私の見立てをお話し、登山への具体的な影響として、「自粛」による体力の低下、それを踏まえたおすすめの登山のあり方といったところをお話できればと思います。

コロナの現状と見通し

― なるほど、興味深いですね。ではまず、コロナの現状と今後の見通しはいかがでしょうか。

こちらの統計情報によると、実に世界の人口の約27%が感染しており、米国においては死者数が第二次世界大戦でのそれを上回る規模になっています。

日本においても、無症状/軽症者が80%位で、残りの20%が中等症になり、更にその20%位が重症化すると言われています。

感染経路について、昨年は飛沫感染と接触感染と言われたが、最近の知見では「エアロゾル感染(空気感染)」が主たる経路とされていたりしますね。(資料1) (資料8-①)

ウィルス自体も、従来株⇒アルファ株⇒デルタ株と変異しており、現在世界で流行中のデルタ株には米CDC疾病対策センターは「SARS、MERS、季節性インフルエンザより大幅に感染力が強く、1人から8~9人に感染する水ぼうそうに匹敵する」と言っています。(資料2)

また、ワクチンについては日本で接種されているファイザー/モデルナのワクチンは、2回接種で従来株に対し感染リスクを1/3、重症化リスクを1/10に低減させるが、現在のデルタ株には有効率がかなり下がり、ワクチン接種者も感染しており、米CDC疾病対策センターは「ワクチンは万能ではないが、重症化や死亡を防ぐには最も重要な戦略」と言っています。(資料3)

ワクチン接種後、抗体は個人差が大きく、時間と共に減少するとも言われています。

今後の動きとして、世界ではゼロコロナを目指す国とウィズコロナを目指す国に分かれているように見えます。

例えば中国は、北京日報によると夏の旅行シーズンで、8月1日までに全国で365人の新規感染者を確認、南京市では全市民900万人へPCR検査とロックダウンを行い、全国でも徹底した検査と隔離を行っています。(資料4)

ニュージーランドでは、8月17日オークランドで感染者1名発見し、即オークランドを1週間、全土で3日間のロックダウンを行い、徹底したロックダウンでコロナを抑えていたりします。

一方、アメリカ、イギリス、フランスではワクチン接種の義務化と規制の緩和をセットで行い、感染者を出しながらもウィズコロナの方針をとっているように思えます。(資料5) (資料11)(資料6)(資料7)

日本については、まだわかりませんが、アベノマスク(資料8-②)/GO TOトラベル(資料9)等で、良く言うと「試行錯誤」、悪く言うと行き当たりばったりで「迷走」しているが、欧米と同じく、ワクチン接種と検査陰性証明を使いウイズコロナになるのでは?と思います。

コロナ禍と登山体力の低下

― コロナの概況について、ありがとうございました。これらの結果、日本でも緊急事態宣言やそれに伴う「自粛」が長引き、登山を控える方も多くいました。この影響についてはどうお考えでしょうか。

山に行かないと、登山のための体力の低下が起こります。

こちらの表は、加齢による体力とバランス力の低下を表したイメージです。体力は、1歳につき1ポイント低下しますし、バランスは、1歳につき1.5ポイント低下します。

高齢者が転びやすいのは体力の低下以上にバランス力が低下する為です。

山に登らないと、この「加齢による衰退(加齢性衰退)」に「運動不足の衰退(廃用性衰退)」が加算され、「体力は大幅に低下」します。特に高齢者ほど体力の低下は大きいのです。

私自身もそれを痛感したのが下記のエピソードです。

2020年12月17日、日帰りで八ヶ岳ジョウゴ沢/裏同心沢/南沢大滝へ氷の偵察に行くため、予定では赤岳山荘6:00~(北沢経由)~赤岳鉱泉~ジョウゴ沢と裏同心沢を偵察~(行者小屋経由)~南沢大滝を偵察~赤岳山荘帰着でしたが、結果は2020年3月からのコロナ自粛で体力低下が著しく、ジョウゴ沢の偵察のみで終わってしまいました。

反省点として、緊急事態宣言中はウォーキングやスクワットをやっていたが、「山の筋肉/体力は山に行かないと低下する」という事を痛感した結果でした。特に「負荷トレーニング」が足りなかったのです。

これは、山と平地では必要な体力が異なるということです。

このことは、箱根駅伝の「山の神」と呼ばれた方々のマラソンの成績をみることでわかります。

5区23km標高差860mの山登りが抜群に早く、山の神と呼ばれたのはこれまでに下記の3人になります。

「山の神」と言われるほど山で速い人は、平地ではどんなに速い事か?と思いますが、オリンピック代表選考会での成績は下記の通りでした。

山の神(山で速い人)は平地では余り速くなく、平地で速い人がマラソンでも速い!ということになります。

― これは興味深いですね。なぜなのでしょうか?

マラソンは「水平前進運動」、山登りは「抗重力上下運動」で、同じ走りでも平地と山では運動が違うので、筋肉の使い方も違う。

これは歩きも同じで、「山登りのトレーニングには山登りが一番良い」という事で、どんなに平地を歩いても山のトレーニングには余りなりませんので、山のトレーニングには山を歩きましょう、ということになります。

体力を取り戻すためのおすすめ登山

― なるほど、そういうことなんですね。では、体力が落ちている前提で、コロナ禍での登山はどのように取り組むとよいでしょうか。

基本的な考え方として、

  • 「ヒューマンエラーは無くならない」(現在の安全工学の考え方)…どんなに感染対策をしても、必ず穴があり、感染リスクはある。そして、ワクチンは万能ではない!
  • 「ウィルスは自分では移動できないし、感染もできない」…ウィルスが感染する為には人のアシスト(人の移動と接触)が必要なので、ウィルスのアシストはしない。

ということがありますので、それを踏まえると行動の原則は以下になると思います。

  1. コロナ禍の山行の原則は、なるべく「移動を少なく」し、「人との接触も少なく」し、山でも「人との距離(2m以上)」を保ち、話す時には「マスクを着用」する
  2. 具体的には、「近場の山」を、「人のいない時間」に、「少人数・日帰り・短時間」で歩く
  3. 緊急事態宣言中は感染拡大中なので、特に「控えめ」に、「慎重」に行う
  4. コロナ禍の山行の目的は「山の体力維持とストレス解消」で、「アフターコロナの本格山行の為の準備」と考える

― なるほど、登山のための体力維持としての山登りはどのように行ったら良いでしょうか?

まず、「±2,000m仮説」というのがありまして、 これは鹿屋体育大学山本正嘉教授の「1か月に標高差2,000mを上下すれば、大きな山に行っても問題は起きない」と言う仮説で、三浦雄一郎氏も実践していたものです。

ですので、交通が便利で移動距離が少なく、人が少ない山を選び(交通が便利でも高尾山など人の多い山は不向き)、少人数・日帰り・短時間で、「週1回」登って月に合計標高差2,000mとなるようにすると良いと思います。なお、山本先生の理論によれば、一度の標高差は180m以上となるようにするのが良いです。

なお、山の下りは脚(膝)に大きな負担がかかるので、標高差2,000mの山を月1回登降するより、標高差500mの山を月4回登降する方が良く、少しずつやる事をお勧めします。

これをまとめると、コロナ禍では近郊の低山がおすすめということになります。

アドバイスとしては、コロナ後の目標の山行を決めて、それに相当する負荷を意識的かける事でトレーニング効果が増します。

例えば、筋力の向上であれば荷物/靴等で筋肉に負荷を掛けたり(三浦雄一郎氏がやっていた)、心肺能力の向上であれば登りのスピードを調整して主観的強度を上げ、心肺に負荷を掛けるといった具合です。

次回は、登山における体力・トレーニングについてもう少し深掘りしてお話できればと思います。

― 本日はお話ありがとうございました。最後に一言いただければ幸いです。

これはお願いですが、私は感染症の専門家ではなく、コロナの情報は日々更新され色々な情報があり、中には真偽不明な情報もありますので、出所が確かな情報をご確認の上、コロナ対策を進めて下さい。

終わりになりますが、人間70年も生きるとこんな事もあるもので、私は50年以上山に登っていますが、ウィルスで山を自粛したのは初めてです。

コロナなど気にしないで山に行く人もいますが、コロナは空気感染でウィルスは人がアシストしないと感染できないのですから、コロナを収束させる為には「人と人との接触を無くす」事が必須です。

もうしばらく頑張ればワクチンと開発中の治療薬で、コロナ以前の様に自由に山に行ける日が来ると思います。

その日の為に、山の体を作って行きましょう。

引用した参考資料

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当サイト「GoALP – 山を楽しむ人のための安心・安全登山メディア」の監修者でもあり、登山を教えることのできる者が集まった非営利集団で、山岳事故を減らすための啓発活動をしている日本登山インストラクターズ協会(2013年創立・岩崎元郎代表)が、来春より開催する5期目「JMIA登山講習会」の受講者を募集しています。あなたも、一年かけて実際に山に登りながら山岳指導者の手ほどきをうけてみませんか?


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