登山の悩みあるあるで常に上位に入る高山病。
標高の高い山に登ると、頭痛や目眩などの高山病に悩まされる方も多いと思います。
元エベレスト登山ガイドに聞く!シリーズ第3回目の今回は、国内高所でのトレッキングを想定した、高所で起こる体の変化と順応のための対策について伺いました。
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また、「講師からの一言」コーナーでは、先日第13回ピオレドール生涯功労賞を受賞された山野井さんと古くから交流がある講師より、「垂直の記憶」や「凍」で描かれたギャチュンカンからの生還についてのエピソードを寄稿いただきましたので、あわせてご覧ください。
高所とはどのような世界か
目次
− 本日は、国内での高所登山についてお話をうかがえればと思います。まず、だいたい標高何mくらいから高所と言われるのでしょうか?
登山の運動生理学とトレーニング学(山本正嘉氏)によれば、高度の分類は下記のようになっています。だいたい2,500mくらいからが高所で、高山病などが発症しやすくなります。
なお、「登山の医学」(J.A.ウィルカーソン氏)では、次の様に分類しています。① 極限の高所; 5500m~8850m ② 非常な高所; 4300m~5500m ③ 普通の高所; 2400m~4300m
また、高度と気圧や気温など各種のパラメーターとの関係は以下のようになります。
− 「高所」と呼ばれる標高2,500m〜3,000mはどのような世界なのでしょうか?
まず気圧ですが、0mで気圧が1013hPaだと、2500mでは気圧は756hPaに下がり(-257hPa)、これは木曽駒ケ岳・千畳敷(2612m)で飲んだペットボトルが低地では潰れている気圧差です。
気温については、1000mで6℃下がりますが、これは低地(国立)では秋で朝は12℃だが、同日の高所(乗越浄土、2800m)では雪景色という状況です。
酸素濃度について、高所で空気中の酸素濃度が下がるという事は、体内の動脈血酸素飽和度(SpO2)が下がり、心拍数が上がるという事です。
実際にパルスオキシメーターで計測した63歳女性のSpO2は以下の通りでした。
参考までに、低地(0m~1500m)では高度の影響はありません。
動脈血酸素飽和度は低地では96~99%が平常で、病院では「90%を切ると呼吸不全」と診断して酸素を投与しますが、高所(2500m以上)では誰でも90%を切り、誰もが自覚症状がなくても呼吸不全になっているということです。
高所とは「呼吸不全(SpO2が90%を切る)の世界」です。
− なるほど、そう考えると大変な世界ですね。ところで高所順応という言葉がありますが、どういうことなのでしょうか。
高所順応と高所順化
高所(低酸素環境)に数日から数か月で生理的に適応する事を「高所順応」、数年~数世代かけて適応する事を「高所順化」と言いいます。(日本登山医学会)
なお、低地民族の日本人にはチベットやアンデスの高地民族の様な高所順化は出来ません。
主な高所順応としては、低酸素環境になると体内のSpO2(動脈血酸素飽和度)が下がる為、①心拍数の増加、②換気量(肺に出入りする空気の量)の増加、③ヘモグロビンの増加等が起きます。他にも、肺動脈圧の増加、心排出量の増加などがあります。
ちなみに心拍数の増加は即起こりますが、登山者に最も重要な②換気量の増加は1週間程度、③ヘモグロビンの増加には2~3週間かかります。
「登山の医学」では、一般的に高所に行くと「10日で80%、6週間で95%の順応」がなされるとしています。
この様な事から、数日間の国内の高所(2500m~3500m)トレッキングはほとんど高所順応なしか順応不充分で登っている事になり、これを鹿屋体育大学山本教授は「自転車操業」と表現をしています。
− これでは高山病になるのもうなずけますね。
高山病とは
低地に住む人が高所(低酸素環境)に行った時に、体内の動脈血酸素飽和度(SpO2)が下がり、体の水分バランスが崩れる事等から、①頭痛に加え、②胃腸症状、③疲労感、④めまいふらつき、⑤睡眠障害などの生理的反応を「高山病」と呼びます。
重篤になると、肺水腫(肺に水が溜まる)や脳浮腫(脳に水が溜まる)などになります。
高山病は高所(2500m~3500m、酸素濃度75%~66%)では誰にでも起こる可能性があり、「高所に到達して半日後」位に起こります。
なお、日本の高所(2500m以上の山)は151座あり、日本では高高所(3500m~5800m)の山は富士山のみです。
− 高所トレッキングをするために必要な体力はどの程度必要でしょうか
高所トレッキングに必要な体力
「メッツ」という、その運動のエネルギーが安静時の何倍か?という数値で考えるとハイキングは6メッツ、「高所トレッキング(一般登山)には7メッツ」の体力が必要とされます。
「1メッツ=体重1kg当り1時間に1Kcal消費する」と考えます。
仮に、体重50kgの人は安静時(1メッツ)には1時間で50Kcal消費するので、
高所トレッキング(一般登山、7メッツ)では1時間で350Kcal消費する事になります (6時間のトレッキングでは2100Kcal)。
なお、鹿屋体育大学山本教授によると、メッツと各歩行速度との関係は次のとおりです。
1メッツ台=安静、2メッツ台=ゆっくり歩く、3メッツ台=普通に歩く、4メッツ台=早く歩く、5メッツ台=かなり速く歩く、6メッツ台=ハイキング、7メッツ台=国内の高所トレッキング(一般登山)
山の体力の簡易的なセルフチェック法
以下の方法で、自分の山の体力をチェックしましょう!
(1)標高差500mを「マイペース」(楽~ややきついの中間ペース)で登り、靴+服+ザック等の重量を女性は5㎏、男性は7kgとします。(注)チェックの為には登るペースが特に大切です!
[参考] 山の登高ペースの目途; 駅の階段上り(700~900m/H)の半分位のペース。
(2)コースはなるべく登り一辺倒のコースを選び、1時間で300m登れば「6メッツ」の体力、400m登れば「7メッツ」の体力と考えます。
仮に標高差が300mしかなかったら、「楽」に1時間で登れば6メッツ、50分なら7メッツの体力と考えます。この場合は、山の体力が「7メッツ以上」か「6メッツ以下」かが分かれば良いのです。
− なるほど。体力がない人や高所に弱い人は何か対処法はあるでしょうか。
国内の高所トレッキングを安全に楽しむために
日程について、体力が7メッツ以上の人は標準日程で良いが、6メッツまたはそれ以下の人は三浦式「年寄り半日仕事」で歩く。但し、トムラウシ山の様に半日仕事が出来ない長いコースは避けること。
高所に弱い人は、
①事前に高所順応をしておく。
②なるべく低い高度に泊まる。
③ゆっくり歩く(標準タイムの1.2~1.5倍かける)
とよいでしょう。
なお、高所に弱いというのは高所順応における換気量の増加反応の遅い人で、事前に「準高所(1500m~2500m)等で宿泊するか、負荷を掛けて登る」等の高所順応トレーニングをすれば良いです。
「高所に弱い人でも事前に人の2~4倍高所順応をやれば大丈夫」と山本教授は言っています。
高所の呼吸法としては、 腹筋を使い、口をすぼめてゆっくり息を吐き切り、鼻から吸い込みます。
これをすると高所でもSpO2が大幅に改善し、SpO2が90%を上回り、酸素を吸ったと同じ程度の状態になります。
− それでは最後に、高所トレッキングでの注意事項などあれば教えてください。
高所トレッキングの注意事項
- アルコールは睡眠中の呼吸量を低下させ、脱水も起こすので高所では余りお勧めできません。
- 睡眠薬は睡眠中の呼吸数を下げるので高所では飲まない方が良い。また、眠れない時には寝ないで高所呼吸をしている方が高山病には罹りません。人間は一晩位寝なくても大丈夫です。
- ロープウエイやバスで一気に高所に上がる木曾駒ヶ岳千畳敷(2612m)や乗鞍岳畳平(2700m)等では、現地到着後1時間位高所呼吸をしながら高度に体を慣らし、それから登ると良い。
終わりに
オンライン講座のSpO2のデータを取るために、11月3日、2年ぶりに家内と2500m以上の高山・木曽駒ケ岳に行ってきました。
晴天に恵まれ、裾野は紅葉、乗越浄土(2800m)は雪景色で、やはり山は良いですね。春夏秋冬に富む日本の山は最高です。
日本では現在コロナは落ち着いていますが、専門家は「第6波は必ず来る」と予想していますので、油断をせずに感染対策をしながら、来年の夏には国内の高所トレッキングが楽しめる事を期待して、その準備を進めて行きましょう。
山の筋肉は3ヶ月、山の体力は6か月で付けられます。
次回は最終回ですので、夢の海外の高高所トレッキングのお話を致します。
夢を持ち目標を持って、「目指せ生涯現役・生涯登山者」で頑張りましょう。
講師紹介
講師:安村 淳 氏
<プロフィール>
1946 年(昭和 21 年)生まれ、75 歳。16 歳から山歩きを、20 歳より岩登りを始
め、以後岩登りを中心に国内外で登山活動を行う。
40歳よりガイドを始め、アルパインクライミングと高所登山のガイドを行う。
2009 年のトムラウシ山の事故後、(公益社団法人)日本山岳ガイド協会が始めた危急時対応技術講習の講師として、ガイド試験合格者へ危急時対応技術講習を行う。
70 歳で日本山岳ガイド協会を退会し、ガイドを引退。
現在は、日本登山インストラクターズ協会(岩崎元郎理事長)で安心安全登山公開
講座を担当し、安心安全登山の啓蒙活動を行っている。
<資格>
日本山岳インストラクターズ協会講師、厚生大臣免許;あん摩マッサージ指圧師
元(公益社団法人)日本山岳ガイド協会危急時対応技術指導員
<主な登山歴>
ヒマラヤ;エベレスト(8848m)、チョーオユー(8201m)、シシャパンマ(8014m)、他
アルプス;モンブラン(4807m)、マッターホルン(4477m)、アイガー(3970m)、他
アンデス;アコンカグア(6950m)、チンボラソ(6310m)、ワイナポトシ(6094m)、他
北 米 ;マッキンレー(6192m)、Mt レーニア(4392m)、グランティトン(4196m)、他
ヨーロッパの岩場;ドリュ北壁、ミディ南壁、シャモニー針峰群の岩場、他
韓国の岩場;仁寿峰、仙人峰、将軍峰、蔚山岩、他
25 年間韓国仁寿峰に通い、「岩と雪」、「山と渓谷」、「岳人」等で紹介し、韓国国立公園管理公団より感謝碑を受ける。
講師より一言
先月山野井泰史さんが第13回ピオレドール生涯功労賞を受賞しましたが、これは凄い事で、日本の登山が世界に認められたと言う画期的で大変喜ばしい事です。
山野井さんとの思い出は、ギチュンカン北壁から帰国後入院したのでお見舞いに行きましたら、 病室に眼だけを出した包帯人間が二人いました。
話を聞くと、雪崩に流されるなど北壁の壮絶な下降後、BCまでの5時間程度のモレーンを這って2日かけて帰ったら、シェルパは「山野井は死んだ」と帰る支度をしており、「1日遅れたらやばかったですよ」と聞いて、思わず「俺ならちゃんと死んでたよ」と言ってしまいました。
この登攀で手足の指10本失っても高度なクライミングを続け、噂では「100歳迄登る」と言っているそうですが、これからも大好きなクライミングを続けられ、受賞要件の「次世代のクライマーの目標」になり続ける事を願っています。
写真はアメリカ・ロングスピークでの山野井夫妻と講師との写真で、この後街の中華料理店でお二人にはたらふく食べてもらいました。
登山の総合スキルを体系的に学びたい方必見!
当サイト「GoALP – 山を楽しむ人のための安心・安全登山メディア」の監修者でもあり、登山を教えることのできる者が集まった非営利集団で、山岳事故を減らすための啓発活動をしている日本登山インストラクターズ協会(2013年創立・岩崎元郎代表)が、来春より開催する6期目「JMIA登山講習会」の受講者を募集しています。あなたも、一年かけて実際に山に登りながら山岳指導者の手ほどきをうけてみませんか?