初心者の域を脱して縦走登山に目が向き始めると、スピードの無い者には山が広がっていかないことを認識させられます。また、“ゆっくり”が安全と言うけれど、ときには悪場を一気に走り抜けて危険域を脱出する方が安全なこともあります。この場合、ゆっくりしか歩けないのはハンデとなります。
本稿では、『岩崎流ゆっくり歩き』を習熟した後の歩き方として、体力に余裕がある人には岩崎流ゆっくり歩きの五つのポイントの拘束から脱却し、長年の山岳耐久レースでの経験から掴んだノウハウを一般登山向けに落とし込んだ『スピード登山』を提唱することで、より安全な山歩きと行動範囲の拡大の手助けになればと思います。
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スピード登山の考え方
目次
重い荷物を背負った急な登りは“ゆっくり歩き”の静荷重静移動ですが、緩やかな所で同じ事をやっていたら時間が掛かって仕方がありません。また、発想を転換して転ぶのを当たり前と考え、転んでも怪我しない技術を身に付ければ応用が広がります。
今までタブーとしてきたことがかなりOKになり、下りは舞うように駆け下ることが出来ますが、安全を無視しているのではなく、安全に対する警戒線引きの問題で、余裕が過剰にあり過ぎたのを削ったに過ぎません。
『スピード登山』を実践しようとする者は、
- 岩崎流ゆっくり歩きに習熟して安全への認識があり
- トレーニングして体力を付け
- 技術は一朝にして身に付かない事を理解
して除々に練習する意思を持った者、に限られます。
歩幅を一定にしないでその場の状況で変化させる理論であって、フクラハギで身体を引っぱり上げたら疲れ易いという理屈は『岩崎流ゆっくり歩き』と同じです。
荷物と一体化した身体の重心位置は、前傾角度や登山道の勾配でかなり変化します。変化に応じて歩幅をかえて効率を上げようということですが、やり過ぎて重心位置より前に着地すると、フクラハギを使った疲れ易い動きになってしまいます。
スピード登山だからと言って自分の力で足を早く動かそうと考えなくて良いのです。それでは疲れて長続きしません。ポイントはブレーキを外して上手に地球引力を利用する事です。転ぶのが一番安全だから積極的に転んだ方が良いのです。転びそうになった時に格好悪いからと見栄えを気にして堪えるのが一番危険で、捻挫や骨折の原因になってしまいます。
この理論は山岳耐久レースで私が掴んだノウハウの中から一般登山に応用出来る部分を抜粋したものになります。効率良く長時間走り続ける為に、長年の実戦の中で試行錯誤しながら会得し、改良を積み重ねています。
ポイント1 自分の体力を使わない工夫
(1) 地球引力を味方につける
下りで身体を前に傾けると、どうなるでしょう。つんのめって倒れそうになりますが、倒れる寸前に思わず足を出すはずです。この時、出した足に上手く乗れば一歩前に進みます。乗った足に体を預けて前傾姿勢を崩さなければ、今度は反対側の足が出ます。これを繰り返せば速いスピードで駆け下る事が出来きます。しかも、この時使うエネルギーは自分の体力でなくて地球の引力だから、筋肉の疲労は少ないのです。
歩幅は計算しない方が良く、思わず出た歩幅が丁度良いのであって狭過ぎては勿体ないですが、広過ぎると制動が掛かって一連の動作が止まってしまいます。
必要な技術は膝関節の柔らかい使い方になります。膝を使って瞬間的な切返しや立ちこみをするのですが、修行を積むに従って前傾姿勢が強くなり、それに伴って歩幅も広くなってきます。体重を利用し、地面を叩くように強く蹴って身体を遠くに投げ出すほど、歩幅が広がって効率が良いのです。
(2) 地球引力を敵に回さない
“ゆっくり歩き”の下りでは安全を確かめながら着地し、一歩一歩にブレーキを掛けて静止します。それから改めて自分の力で次の足を踏み出します。登山初心者や体力のない者には安全で良いのですが、地球引力を敵に回す歩き方だからスピード登山には適しません。
スピードが出ないばかりか、ブレーキを掛け続けることで膝への負担が蓄積され、長く続くと膝がガクガクして歩けなくなります。自動車が坂道を下る際にブレーキとアクセルを交互に踏んでいるようなもので、燃費がかかるし部品の磨耗も早い。
ブレーキを外せば解決しますが、技術が伴わないと怪我をします。スピードが出てしまうから、目を見開いて足を置くポイントを瞬間的に読まなければなりません。数歩先まで一瞬で読む必要があり、先へ先へと移動していくから動体視力が重要になってきます。この時、ダブルストックをバランス保持に使えば安全度が増します。
(3) 登りの場合
ここまでは分り易くする為に下りで説明しましたが、この技術は登りにも応用できます。小学校の鉄棒でやった前転を思い出してみよう。お腹の位置にある鉄棒に体の重心が乗るまでは自分の力でやりますが、その後クルッと回転するのは地球引力のお蔭です。
鉄棒がなくても腹筋を張って代理をさせれば、登山の登りで地球引力が利用できます。ダブルストックを補助に使うと更に良いです。ストックにもたれると前傾姿勢がとりやすく、結果として重心が大きく前へ移るから大股で距離を稼ぐ事が出来ます。ストックに頼って腕を張れば“前転”がし易いのです。
ポイント2 スピード登山なら滑らない
ザレ場や濡れた赤土は滑り易いですが、体重を靴裏に集中させて地面との摩擦力を強めれば滑りにくくなります。体重を両足に分散させてしまうと、体重が片足だけに乗っている時と比べて計算上の摩擦力は50%になってしまいます。“へっぴり腰で恐る恐る”だと摩擦力利用率が50%以下の時間帯が生じて、その時滑ってしまいます。
これは体重移動の切返しスピードの問題で、恐る恐るやらず素早く切返せば、常に100%近い摩擦力が得られるので、フットポイントへの瞬間体重移動を意識しよう。
ポイント3 筋肉を休ませながら歩く
休憩すると時間をロスするので、行動しながら筋肉を休ませる方法を考えます。
3通りの歩き方をマスターしておいて、1つが疲れたら別の方法にギヤチェンジし、その間に他を休ませる方法なのですが、初心者用教科書なので割愛することにします。レベルアップしてからのお楽しみにしておきます。
ポイント4 “膝ピーン”には要注意!
“スピード登山”の理論は頭で理解しても使いこなすのにかなりの練習が必要です。しかし、全部完璧に出来なくても良いのであって、自分の実力に合わせて利用出来るところを部分的に取入れ、工夫して応用したら良いのです。
注意するのは膝関節だけであって打撲・すり傷を怖がっていたらこの種のトレーニングに入れません。膝関節はたとえ一瞬でもピーンと伸ばした状態があってはなりません。下りで着地の瞬間と重なれば膝痛を起こして、運が悪いと骨折します。軽い衝撃でも繰り返すと関節が笑います。
また“膝ピーン”だと転んだ時とっさの受身が出来ません。登山口から下山口まで登山中常にバネのように膝を柔らかくしておいて、衝撃を吸収してクッションさせなければなりません。登山中99%の時間はそれを守っていたとしても、1%の時間守らなくて、その時強い衝撃を受けたら、一瞬にして大怪我となります。
膝関節はトレーニングで鍛える事が出来ないから行動中常に注意しているしかないですが、ずーとその事ばかり意識し続けることは不可能なので、街でも家の中でもその動作をやり続けて体に覚えさせるようにしよう。
最後に
いかがでしたか。スピード登山には前提となる体力が必要となりますが、これは毎回の意識的な山行や日頃からのトレーニングも必要かと思います。本稿で紹介したスピード登山のポイントを意識していくことで、長期縦走など、あなたの山での行動範囲が広がり、より山の素晴らしさを体験することができるようになるでしょう。
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当サイト「GoALP – 山を楽しむ人のための安心・安全登山メディア」の監修者でもあり、登山を教えることのできる者が集まった非営利集団で、山岳事故を減らすための啓発活動をしている日本登山インストラクターズ協会(2013年創立・岩崎元郎代表)が、来春より開催する6期目「JMIA登山講習会」の受講者を募集しています。あなたも、一年かけて実際に山に登りながら山岳指導者の手ほどきをうけてみませんか?
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