【山の対談】登山の伝道師に聞く、登山を学ぶ・登山を教える、とは

山のスペシャリストによる山のスペシャリストとの対談記録「山の対談」、第2回目は長年その人の登山ライフに寄り添った指導で多くの自立した登山者を育成し、またそのための組織を経営されてきたJMIA理事の水上宏一郎さん。

そんな水上さんには、山に熱中する人をさらにステップアップさせ、その人その人の登山ライフを後押しさせている今の様子について、元エベレストガイドの安村氏がお話を伺いました。

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<水上宏一郎プロフィール>

東京都江東区在住。

本業はデスクワークで平日は机の前に座っているから状況は一般登山者と同じ。このことは気持ちの理解に役立つと考えている。

手っ取り早く登山の体力を維持するにはトレイルランニングが一番で、そのモチベーションを高めるにはレースが有効。私は月に一度の頻度でトレイルランニングレースに出場している。

執筆した「初級・中級 登山の教科書」は人の話や書籍の受け売りでなく、自身で体験して感じたことを基本にしている。“危険だからやるな”と言われていることも実際にやってみると想像とは程度の開きがあり、渦中に一人身を置くと理屈より自分の気持ちの変化の方が怖い。

登山を学ぶ、とは

− こんにちは、JMIA安村です。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

こちらこそ、よろしくお願いします。

− 水上さんはこれまで数々の登山組織を運営されてきました。登山組織というのはいわゆる山岳会や登山講習会ということですが、登山を学ぶ、あるいは教えるというのは突き詰めるとどういうことなのでしょうか?

究極の答えは?と問われれば、『自分の限界を把握すること』と回答します。

登山力を身につけて自分の限界がしっかり分かっていれば、そのギリギリまで登山を楽しむことができます。限界を越えてはいけないが、あまり余裕側に傾き過ぎては登山になりません。

天気予報を見るという行為は『登山中に発生する事態を想像して準備するためのもの』であって、登山中止を判断するためではありません。登山の勉強のためには悪天候大いに結構。途中で危険と判断した時は撤退すればよいのです。

大切なことは撤退判断を誤らないこと。この撤退判断こそ登山力の肝であって、冒頭の『自分の限界を把握すること』に外なりません。

雪山登山を例にとると、あれ模様といえども、大概の登山口付近は危険ではなく、登って行くに従って徐々に積雪が深まり風雪が激しくなり、温度が低下していきます。

行けるところまで行って限界が来たら撤退判断をしましょう。その判断力が重要で、これは経験を積むほど技術が向上します。

前日の天気予報で諦めて登山を中止してしまい、好天の時だけしか雪山登山をしない人は技術が身につかず、想定外の事態に遭遇した時には危ない人です。

水上さんの登山教育におけるミッション

− 限界を知ることが大事、というのは本当にそのとおりですね。もっと行けるのに機会損失してしまったり、反対に知らないがゆえに無謀に突っ込んでしまう、登山を楽しむにはどちらも避けたいものです。そんな水上さんはオールラウンド登山を教えるのが上手と言われていますが、水上さんの登山教育におけるミッションはどんなところにおありでしょうか。

初心者を自立した登山者に育て上げることは楽しいですが、私の活動の一部でしかありません。

私が多くのエネルギーは費やしているのは『登山というものが見えなくなって、自分はこの先がどうしたらよいか分からなくなった人』に方向を示してあげる活動です。

一般登山を数年経験して『もっと違う登山スタイルがあるらしい』『山の楽しみには幅があるようで、今の自分と違う楽しさもあるようだ』と気付き始めた人とか、登山部などでバリエーション登山を学ぶ機会がなかったために『別世界のものと諦めてしまった人』が対象になります。

それから、充実した登山活動はグループ登山でしかできないことが多いから、単独行登山者は活動範囲が限られてしまいます。この人達を導いてグループ作りを応援するのも私の活動です。

登山とは何かと考えれば、会社の仕事でなく経済活動ではなく、社会的義務ではなく、家族を護る為の行為でもありません。遊びという言葉は軽すぎるけれど、趣味と言ったら活動的に聞こえません。

『一円の利益にもならないのに面白がって山に熱中する』ということでありまして、昔流で言ったら道楽ですかね。それを指導するのですから『安全を教えるだけ、自立した登山者に育て上げるだけ』というのでは充分とはならないのです。

活動の原動力

− 登山は道楽!名言ですね。面白がって山に熱中する人を後押しし育てる、素敵なミッションだと思いました。こういった活動に精力的に取り組まれる原動力はどういったところにあるのでしょうか?

もともと一貫した信念があったわけではないから、仰っている原動力は次第に変化してきています。

活動を始めたきっかけは『若い登山者たちの迷いが昔の自分とダブるから放っておけない』ということでした。

ところが、大切に思う人が幸せになるのを見るのは自分も嬉しいものでして、自分しかできないことで大きく喜んでもらえることが分かって更に嬉しさが強くなりました。それで深入りしてしまいましたね。

そうしていくうちに、『昭和にはまだあった夢と冒険』が今の世には無くなってしまったと気が付き、『登山界の多くの若者に夢を与えるのが私の役割』と思えるようになってきました。

最近では私の周りに人材が育ち、技術的にも精神的にも安心して任せられる仲間が増えたので、その人たちを組織して良い山岳会を創り上げようとしていて、現在はそのことを楽しんで進めています。

私のいう『良い山岳会』とは、技術力や盛上り方において、トップグループと対極のメンバーとの間で開きの少ない山岳会だと思います。

一握りのトップグループが技術向上して盛上っても意味がないのです。その為には力が劣る者のレベルアップに会の総力を挙げて臨まなくてはなりません。

普段、指導で心がけていること

− なるほど、ありがとうございます。水上さんの実績といえば『グループ組織を沢山立ち上げて良い会に育てた経営力』と言われいますが、普段の指導で心がけていることは何かあるでしょうか?

JMIA・みどるの会・アドヴ・アドヴⅡ・安心登山研究会・縞枯の会・マイトレイル・スノーシュー同好会・応援団1号(スノーシュー)などですが、みんな上手く行って、それぞれ後継者へ引き継ぎつつあります。そんな中で気が付いたことがいくつかあって、そのことはこれから指導者になっていく若者に伝えていきたいと思っています。

日頃から指導していることで技術的なこと以外をいくつかあげます。

  • 『先輩に親切にしてもらって嬉しかった』という人には次のようにアドバイスします。『嬉しいと思ってもその先輩に同じことをお返ししようと考えなくて良いです。今度は後輩に対して違う場面で違うことを親切にして上げましょう。それがお返しです。』
  • 昔からの山屋の文化があって、家庭のしつけと同じように若者にしつけをしなければなりません。『街の文化を神聖な山へ持ち込んではならない。親しいからといって仲間内でミッチャン・サッチャン・クリサン・ナリサンと呼び合ったり、ラジオで競馬中継を流したり、演歌を歌ったりはしないこと。これをしないのが山の文化です。』
  • 『登り優先』というのはルールでなくてマナーであり、『相手への気使い』という心の持ち方のことです。マナーは時代とともに変化するもので、現代の山でのすれ違いは『ケースバイケースで臨機応変』が正しいです。熟年登山者団体が喘ぎあえぎ登ってくるのをイライラ待っているより、若者2人組がサッと駆け下れば簡単に事が収まります。重要なのは相手を思いやる心と笑顔のコミュニケーション。『登り優先』という言葉が出来た半世紀以上の昔は、登山者が数人グループの若者に限られていて、登山グループの数も少なかったので、現在とは状況が異なります。
  • 質疑応答の際に聞かれないことまで喋ってはいけません。昔は情報が少なかったから教師は質問に絡んでたくさん補足するのが常で、質問者はそれを歓迎していました。しかし、現代は巷に情報が溢れかえっていて、若者は如何にして襲ってくる情報から身を護るかに苦心しています。興味のない情報をチョイスして聞き流す癖がついているので、聞かれないことを教えようとしても ウットオシがられるだけです。
  • クライミング練習を観察して気付いたことがあります。手足が長い人より短い人の方が早く上達します。逆のようだが真実です。理由を考えて練習量の違いではないかと思い当たりました。見ていると、手足の長い人と短い人では同じ1本(スタートして登り着くまでの1回分を1本という)でも要する手数が圧倒的に違います。同じ本数だけ登って1日が終了した場合に費やす手数が圧倒的に違うのだから、これを数日間繰り返せば練習量に大きな違いが出てしまいます。このことに気付いた後からは手足が長い人に『横に登ったり、歩幅を短くしたり工夫して手数を増やしなさい』とアドバイスしています。
  • 入門してきた初心者に真っ先にやって戴いていることはハイカットの硬い靴をローカットの柔らかい靴に履き替えてもらうことです。ハイカットの硬い靴は、街歩きから入ったばかりの登山初心者の足を保護してくれる優れた靴ですが、歩き方の訓練にはなりません。足をガチガチに固めてしまっては足を柔軟に使う技術が身につきません。ローカットの柔らかい靴で足首を自由自在に動かしたり、足裏で石を包み込んだりする技術を磨かないと、猿のように飛び跳ねる動きは出来ません。また、岩稜帯を歩くには靴底が自由に動く柔らかい靴でないとバランスが取れなくて危ないです。
  • 同じに教えても受講生の間で技術力の差が出てきて、放っておくと徐々に差が拡大してしまいます。指導者は一人ひとりの上達具合を継続して観察し、個人の生活状況を把握して、きめの細かいアドバイスをしていかなければなりません。
  • 受講生は家庭を持っていて、自分だけでなく家族の事情で困ったことが度々発生します。指導者はその都度寄り添って相談に乗って、人生まで指南してあげないと挫折してしまいます。
  • その他、捻挫癖にはどう対応したらよいか、とか滑り易い傾斜への対処法など、技術以外の質疑応答がたくさんあります。

自立した登山者とは

− なるほど、どれも長年の経験から導き出された本質的な内容ですね。ところで、「自立した登山者」という言葉を聞くことがありますが、それはどういったことを指すのでしょうか?

一言でいうと『他人の力を借りないで家へ無事に帰ってこられる人』でしょうか。

それには自分の登山力が客観的に分かっていて、『自分にとって危ないか安全か』が判断できなくてはなりません。

安全か危険かというのはそれぞれの人の実力で違ってきまして、ある人には安全でも違う人にとっては危険ということは多いです。自分の実力の限界を超える場面に遭遇したら迂回するか撤退するかを決断するのですが、この決断する力も登山力の内です。

もう一つの要素として、山へ入る前からこの先の状況が想像できていなくてはならないし、想定外の突発事態に遭遇したら冷静に対応できなくてはなりません。周囲の人の喜怒哀楽に反応して右往左往する人は自立した登山者とは言えません。

登山力というのは個々の実力ではなくて総合登山力です。

クライミング力とか読図力とか危機管理能力とか、個々の技術が優れているか否かでなく、それらの技術を状況に応じてバランスよく発揮させられる総合力が必要なのです。

総合登山力に自信が持てれば精神的な余裕が生まれ、不測の事態にも落ち着いて対応できます。

そして、総合登山力には応用力も必要で、必ずしも技術本のマニュアル通りではありません。

例えば急に寒くなってきたのに手袋が無かったら予備の靴下を手にはめてテープで止めるとか、急に陽射しが強まったのに帽子が無かったら衣類をターバンのように頭に巻くとかです。

この場合私共が教えるのはたくさんある個々のノーハウではなくて『登山とはそういう応用のゲームである』という本質的な考え方です。

非日常の世界とは言え、何があっても山から無事に帰ってこなくてはなりません。これが一番重要です。

自立した登山者を養成するJMIA登山講習会

− ありがとうございます。自分の力で山から無事に家に帰って来られる、そんな登山者を一人でも多く養成するため、日本登山インストラクターズ協会(JMIA)では『JMIA登山講習会』を開催して、水上さんが取りまとめておられますがどんな内容ですか?

日本登山インストラクターズ協会は登山事故の減少を大きなテーマに掲げていて、その活動目的は①自立した登山者の育成②自立した登山者を育成できる登山インストラクターの養成③安心登山の啓蒙、の3本柱です。

従ってJMIA登山講習会では登山技術だけでなく、教え方のノウハウを身に着けて戴いて、『社会活動として一般の人を導くことに喜びを感ずる人材』も育てていきたいと思っています。

講習会は『一般登山を数年やって、ステップアップしたい、あるいは危険な目にあったり疑問を感じたりして基本を学びたい』という人を対象にしています。

登山に必要な技術がたくさんある中で、年間予定表は最低限必要な技術に絞り込み、順番に気配りして体系的に配列しました。受講者がステップアップすることを最優先し、どの時点でどういう順番で学ぶのが良いかを追求して、講師陣はそれに合わせて配置しました。

この講習会は、年間予定表を申込検討段階から提示して日程を合わせられる人しか入学させません。ステップアップ方式なので欠席すると仲間に迷惑が掛かるからです。安全第一ですから時点・時点で低レベルの人に合わせざるを得ず、欠席者のための復習ばかりだとなかなか全員が必要なレベルに到達しないのです。

無欠席を守らせる手段として『全講座出席厳守を入学の条件とし、年間授業料全額前納』というシステムを考案しました。同期生は6人か7人ですが、助け合いながら一歩一歩ステップアップし、2年後にあるレベルにまで上達するためには、これが一番良い仕組みだと思っています。

入門のハードルが高いですが、それを短所と考えるか長所と捉えるかは受講生本人しだいです。ハードルが高いほうが考え方が似通った粒ぞろいの少数精鋭になり、講師陣との距離や仲間との距離が狭まってレベルアップの効果が上がります。

また、お互いにいたわり合い、助け合いの土壌が生まれます。そして、同じメンバーが苦楽を共にして切磋琢磨すると生涯にわたって良い山友達になっていくようです。

私共の役割は、その為の明るい雰囲気創りですね。卒業生にはスタッフの仲間に入って戴いて、後に続く講習会を盛上げで貰っています。

JMIA登山講習会へ応募される方の特徴

− 私も講師として関わらせて頂いていましたが、毎期、同期メンバーどうし、また先輩の受講生、後輩の受講生とも関係を築いて、良い山仲間になっているようですね。そんなJMIA登山講習会には、どのような方が応募されてくるのでしょうか?

一般登山を数年やって登山が分かってくると、もっと違う登山スタイルがありそうだと ぼんやり 考えるようになり、山との関りをステップアップさせたいという興味が湧いてきます。

一方、別の人は一般登山の中では難度の高いコースに挑戦し始めて、懸垂下降やクライミングや雪山や沢登りの技術が必要な場面に想定外に遭遇してしまって難儀したり、道迷いを経験すると自分のルートファインディング力に不安を抱くようになります。

そういう人達が問い合わせしてくるのですが、メールを通じてじっくり話し合い『雪山とかクライミングとかご自分が学びたい目的がはっきり見えていて個別の技術だけを求めている方』には『単発講習会が他にたくさんあるからそちらの門を叩きなさい』とアドバイスします。

本人の為にはその方が良いですし、目的が違う人が入ってきて他の仲間と歩調が会わないのは困ります。JMIA登山講習会には将来の山仲間作りを応援する、という側面があるからです。

私のところで受け入れる人は『一般登山から脱皮したいが何をどうしたらよいか分からない』という人達です。

入会してからユックリ話をしてご自分の頭を整理して戴き、総合登山力の大切さを理解して戴き、難度の高い登山は単独では無理だと分かって戴いてグループ登山に移行するように導きます。そういう人が毎年数人ずつ集まれば、年数を経て大きなグループに育っていくものと考えます。

年齢的には40歳前後の人が多いです。20歳代もいますが体力的に突出して不満を抱かれては困るから、受付段階でご本人にお伝えして納得いただいた方を受け入れています。

− なるほど、志が似通った人たちを集めるのでお互い尊重し、一体感が生まれるグループになるのですね。今後、水上さんのような考え方をもった若い世代が育ち、指導する側にまわり一人でも多くの自立した登山者と、何より面白がって山に熱中する人が増えていくサイクルが回っていくことを期待しております。そして本日は、長時間ありがとうございました。今後のますますのご活躍をお祈りいたします。

登山の総合スキルを体系的に学びたい方必見!

当サイト「GoALP – 山を楽しむ人のための安心・安全登山メディア」の監修者でもあり、登山を教えることのできる者が集まった非営利集団で、山岳事故を減らすための啓発活動をしている日本登山インストラクターズ協会(2013年創立・岩崎元郎代表)が、来春より開催する6期目「JMIA登山講習会」の受講者を募集しています。あなたも、一年かけて実際に山に登りながら山岳指導者の手ほどきをうけてみませんか?


沢、岩、雪山などの山仲間を作りたい方

四季を問わず縦走・岩登り・沢登りを始め、読図にこだわった藪山や雪山縦走、あるいはトレイルラン・アイスクライミング・山スキーに至るまで様々な趣向をもった山の仲間と、登山の基本技術項目15単位を入会者ご自身のペースで、およそ3年以内をめどに受講いただける登山講習です。


電子書籍:初級中級・登山の教科書を進呈

安全な登山のためには、総合登山力が必要になりますが、ネットや雑誌などで知る単発的、断片的な知識だけでは安全な登山のためには十分とはいえません。本書は、JMIA登山インストラクターの水上宏一郎・著、岩崎元郎・監修による、主に登山入門から5年目くらいまでの初級者・中級者に焦点を絞り、安全に登山を行う上で必須の知識を体系的にまとめたものです。

  • そういえば登山に関する知識ってきちんと学んだことない
  • 断片的に知ってはいるけど、全体的には知らないことが多い
  • 登山で怖い思いをしたが、どうすればよいかわからない

などに該当する方は必見の一冊となります


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